兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】
2018年10月9日 更新

兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第23回は、桑名藩主・松平定敬ゆかりの地を紹介します。高須四兄弟の末弟だった定敬は、京都所司代として兄である会津藩主・松平容保とともに幕府に尽くします。しかし戊辰戦争が始まると徐々に追い詰められ…。時流に翻弄された定敬の波乱万丈な生涯を、ゆかりの地とともにご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

京都所司代就任

二条城

二条城

via 提供:小栗さくら
元治元(1864)年4月、上洛した将軍家茂は、定敬に京都所司代の任を命じます。先に内示があった際、定敬は若年であることなどを理由に一度固辞していました。
しかし定敬は、体を壊している京都守護職の兄・容保からの要請を断れず、この任を受けることにしました。これが定敬の明暗を分けてしまうのです。

また、京都所司代の任は、溜間詰(たまりのまつめ)の家格である定敬にとって、格下げの役職であったことが、会津藩の山川大蔵(山川浩)の記述によって分かります。それほど幕府はこの役に就く人物の選考に苦戦したのでしょうね。
蛤御門

蛤御門

via 提供:小栗さくら
定敬および桑名藩は、池田屋事件、禁門の変(蛤御門の変)、天狗党討伐など反幕府勢力に相対し、京都の政局においては徳川慶喜(一橋慶喜)、兄の容保とともに一会桑政権として中心を担いました。
こうした動きは当然反勢力からは恨みを買ってしまい、戊辰戦争では定敬は自分の藩に帰ることすらできなくなってしまうのです。

定敬を追い詰めていく戊辰戦争

淀千両松の戦い激戦地

淀千両松の戦い激戦地

via 提供:小栗さくら
慶応3(1867)年10月、慶喜は大政奉還し、その後王政復古が発令されます。これにより幕府が廃止され、定敬の京都所司代も形を失ったことになりました。
翌慶応4(1868)年1月、鳥羽伏見の戦いが勃発。ここから1年以上にわたる戊辰戦争が始まります。しかし、鳥羽伏見の戦いでは、前年からの兵制改革で編成された桑名の銃砲隊がうまく機能せず、幕府勢力は全体としても惨敗してしまうのです。

慶喜の大坂城脱出に随行

大阪城

大阪城

via 提供:松波庄九郎氏
幕府軍は数に勝りながらも戦に敗け退却となります。そんな戦況の中、徳川慶喜は夜になって大坂城を脱出し、ひっそりと江戸へ帰ろうと試みます。定敬・容保も慶喜の東帰に随行しなくてはならず、それぞれの藩兵を置き去りにして大阪を出発することになってしまいました。
この東帰に対する桑名藩士の記述では、「大坂城を枕に討ち死にする覚悟をした。なのに将軍は舌の根も乾かぬうちに…」と、定敬ではなく慶喜に対する憤りがあらわになっています。
この時の定敬兄弟はさぞ複雑な思いだったでしょうね…。
「徳川治績年間紀事 十五代徳川慶喜公」(月岡芳年)

「徳川治績年間紀事 十五代徳川慶喜公」(月岡芳年)

定敬、北へ

桑名藩の選択

鳥羽伏見の戦いから江戸脱出の経緯が桑名藩の国元に届くと、藩論は揺れに揺れて真っ二つになってしまいました。収拾がつかないため、ついには今後の方針をおみくじで決める事態になったとか。桑名の混乱ぶりが窺えるエピソードですね。
しかし結局おみくじの結果は覆され、桑名藩は先代の子・万之助をたてて新政府へ恭順することに決定します。
すると藩内の主戦派のうち数十名は藩を抜け出し、定敬の元へと駆けつけ、ともに戊辰戦争を転戦していきます。
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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