御朱印で巡る武将ゆかりの地~豊臣秀吉編~
2018年2月6日 更新

御朱印で巡る武将ゆかりの地~豊臣秀吉編~

御朱印で巡るゆかりの地、今回は豊臣秀吉ゆかりの寺社の御朱印をご紹介します。秀吉は天文6年(1537)2月6日、尾張国の中村(現在の名古屋市中村区)に生まれたといわれています。下層民から天下人へと登りつめた秀吉だけに、出世にもご利益あり!な、ゆかりの地を御朱印で追っていきましょう。

みのうち社みのうち社

豊臣秀吉

豊臣秀吉

秀吉ゆかりの神社を巡れば、あなたも出世できるかも!?

出世開運にご利益あり!豊國神社 (大阪府大阪市)

豊國神社 (大阪府大阪市)

豊國神社 (大阪府大阪市)

via 写真提供:みのうち社
まずご紹介するのは、大阪城の敷地内にある豊國神社。ご祭神はもちろん豊臣秀吉。さらに秀吉の子の豊臣秀頼、秀吉の弟の豊臣秀長も祀っています。秀吉にあやかり、ご利益は出世開運とのことです。

豊國神社はJR環状線森ノ宮駅から玉造門に入り、まっすぐ進んだところにあります。
明治13年(1880)、京都の豊国神社の別社として大阪市北区中之島明治に創立され、昭和になって現在の地に遷されました。
現在の大阪城

現在の大阪城

現在の大阪城の縄張りは徳川家康の子・徳川秀忠による改修後の姿です。
via 写真提供:(公財)大阪観光局
天正11年(1583)、秀吉は石山本願寺があったこの場所に大坂城を普請します。
2km四方にも及ぶ堅牢なお城でしたが、秀吉の死後に豊臣政権は崩壊。天下統一を果たすべく、豊臣家に最後のいくさをしかけてきた徳川家康との決戦の地となります。
大坂冬の陣では大坂城の外堀を全て埋められ、続く大坂夏の陣で秀吉の子・秀頼が自刃し、とうとう落城してしまったのです。
豊臣秀吉公の銅像

豊臣秀吉公の銅像

敷地内には豊臣秀吉の銅像があります。大河ドラマ『真田丸』の小田原征伐の際に秀吉が着用していた、あのインパクト大の「蜻蛉燕模様陣羽織」をお召しになった姿ですね。昭和の戦時中に供出されてしまったものを2007年に復元再建したもので、彫刻家・中村晋也氏の作。天下人としての貫禄十分です。

via 写真提供:みのうち社
豊國神社御朱印

豊國神社御朱印

シンプルな御朱印ですが、「大阪城」の文字がポイントです。
via 写真提供:みのうち社
秀吉の「なにわの夢」、大阪城敷地内に鎮座する豊國神社。大阪城観光の際は忘れずに訪れたい場所です。

穴場スポット!?宮島にある豊国神社(広島県廿日市市)

豊国神社(広島県廿日市市)

豊国神社(広島県廿日市市)

via 写真提供:広島県
変わったところにある豊国神社ということで、今回は、広島県の宮島にある豊国神社をチョイス。
宮島といえば厳島神社ですが、こちらも負けず劣らず見どころ満載です。

40 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

みのうち社

みのうち社

歴史好きなイラストレーター&ライター、デザイナー、編集者の3人組。 武将の城や偉人の史跡、神社仏閣、美術など、身近にあるものでも最大限に楽しめる「歴史エコ」な情報を発信していきたいと思います。 今後は、各種イベントや本の企画など、歴史にまつわる仕事をしていく予定です。よろしくお願いします! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

御朱印で巡る武将ゆかりの地~上杉謙信・景勝編~

御朱印で巡る武将ゆかりの地~上杉謙信・景勝編~

御朱印で巡るゆかりの地、今回は上杉家ゆかりの御朱印をご紹介します。上杉家といえば上杉謙信の本拠地・春日山。そして上杉景勝の時代に移封となった米沢です。どちらも上杉家らしい、威厳と厳格が感じられる素敵な寺社が特徴的です。
【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編

【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編

細川忠興の波乱の生涯とゆかりの地をめぐるシリーズ。丹後時代を紹介した前編、細川家怒涛の関ヶ原の戦いをお送りした中編に続き、後編は、小倉、中津、そして西国きっての大国・肥後熊本藩が設立するまでの忠興と、ゆかりの地をご案内します。
【 細川家の関ヶ原の戦い 】実は滅びる寸前だった!細川忠興ゆかりの地・中編

【 細川家の関ヶ原の戦い 】実は滅びる寸前だった!細川忠興ゆかりの地・中編

慶長5年(1600)、会津征伐から始まる関ヶ原の戦いが勃発。丹後田辺、大坂玉造、豊後杵築、江戸、そして、関ヶ原と分断されての戦いを強いられることになった細川家は、国が攻め込まれ滅亡寸前に…!細川忠興の丹後時代を紹介した前編に続き、今回は5カ所に分かれて戦った細川家の関ヶ原合戦を中心に、忠興ゆかりの地をご案内します。
「本能寺の変」勃発で最大の危機!?徳川家康、命がけの「伊賀越え」

「本能寺の変」勃発で最大の危機!?徳川家康、命がけの「伊賀越え」

京都・本能寺で起こった、最も有名な下剋上事件「本能寺の変」。このとき堺でわずかな家臣と旅の途中だった徳川家康は浜松へ逃げ帰ることを決断します。これが成功しなかったら日本の歴史が変わっていた!?家康の「伊賀越え」とそのルートをご紹介します。
【 勝竜寺城、宮津城…】家族運に恵まれなかった!?細川忠興ゆかりの地・前編

【 勝竜寺城、宮津城…】家族運に恵まれなかった!?細川忠興ゆかりの地・前編

1563年(永禄6)11月28日は、天下一気が短い大名として名高い細川忠興の誕生日(新暦)。83歳まで生きた忠興は、山城勝竜寺から始まり、丹後宮津、豊前小倉、肥後八代と、時代の流れとともに居住地を変えていきます。武将としての輝かしい戦歴、外様大名としての政治力を持ちながらも、実はその人生は家族運に恵まれず、一家離散の危機ばかり。今回はその人生の前半戦、山城・丹後時代の縁の地をご紹介します。
【 学問の神様、武将ゆかりの地も 】合格祈願&学業成就にお詣りしたい神社10選

【 学問の神様、武将ゆかりの地も 】合格祈願&学業成就にお詣りしたい神社10選

受験勉強もラストスパート。最後の仕上げに、今回は合格祈願にお詣りしたい神社をご紹介します。学問の神様・菅原道真を祀る神社や、戦国武将が必勝を祈願した神社を紹介、“落ちない”パワースポットまで。高校や大学の入試試験はもちろん、資格の試験や昇進試験がある方もぜひ、お詣りください。
【織田信長最大のライバル!?】顕如と石山本願寺・石山合戦ゆかりの地

【織田信長最大のライバル!?】顕如と石山本願寺・石山合戦ゆかりの地

天正20年(1592)11月24日、織田信長と10年以上も死闘を繰り広げた石山本願寺のトップ・顕如が没しました。信長にとって、顕如は最大のライバルともいうべき脅威だったんです。今回は石山本願寺と石山合戦ゆかりの地、そして本願寺が西と東に分かれた経緯も交えてご紹介したいと思います。
大和撫子なんて時代錯誤!ニッポンを牽引した強き女性たち「ニッポン銅像探訪記 第11回:女性像」

大和撫子なんて時代錯誤!ニッポンを牽引した強き女性たち「ニッポン銅像探訪記 第11回:女性像」

今回のテーマは女性像。今や男女同権が当たり前、筆者が属するメディア業界を見渡しても、前線で活躍しているのは女性が中心。向こう見ず、もとい、活発で聡明な女性スタッフに牽引されなければ、もはやコンテンツづくりなど成り立たないのではないかとさえ思います。日本史を見返しても、男社会を引っ張った女性は多くいました。男たちを先導し、時代を切り開き、さらには銅像となってリスペクトを受けるニッポンの「強き女性」たちを紹介しましょう。
御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地、今回は動物モチーフがあしらわれた御朱印をご紹介します。今ブームの猫から、稲荷神社の定番の狐、干支にもなっている犬と猿、さらには絶滅してしまった日本狼まで!東京・京都の観光がてら、動物御朱印をいただきにLet's Go!
光秀 VS 秀吉!天下分け目の戦い「山崎合戦」の舞台・天王山でAR歴史体験

光秀 VS 秀吉!天下分け目の戦い「山崎合戦」の舞台・天王山でAR歴史体験

天下分け目の戦いといえば、関ヶ原の戦い…と思う方が多いのでは?しかし、天下分け目の戦いを指す「天王山」、スポーツなどでもよく耳にしますが、実はこれ、山崎の戦いから来ているんです。山崎の戦いと言えば、悲劇の武将にして謀反人と呼ばれる明智光秀が羽柴秀吉に討たれた戦い。今回は、そんな山崎の戦いと明智光秀ゆかりの地についてご紹介します。