命名から150年!『北海道』の名付け親・松浦武四郎の生涯に迫る特別展が開催
2018年6月29日 更新

命名から150年!『北海道』の名付け親・松浦武四郎の生涯に迫る特別展が開催

2018年は北海道命名150年記念の年。道内各地で記念事業が行われるなか、改めて注目を集めている人物こそ、北海道の名付け親といわれる松浦武四郎です。北海道博物館では6月30日から特別展「幕末維新を生きた旅の巨人 松浦武四郎」を開催。特別展の見どころとともに、北海道150年記念ドラマ「永遠のニシパ」でも注目を集める武四郎の生涯をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

16歳で家出、日本各地を旅し始めた松浦武四郎

唯一の肖像写真「松浦武四郎肖像」

唯一の肖像写真「松浦武四郎肖像」

明治15(1882)年(松浦武四郎記念館所蔵)
伊勢国(現在の三重県松阪市)で生まれた松浦武四郎。探検家として知られる彼の旅は、16歳のときの家出から始まりました。突然書き置き一つで家を出て、それを皮切りに17歳から全国を巡り、21歳から5年間は長崎で僧侶になるという、少し変わった経歴を持っています。
「松浦武四郎書簡」(松浦武四郎記念館所蔵)

「松浦武四郎書簡」(松浦武四郎記念館所蔵)

武四郎が16歳で家出した翌日、生家近くの親類・中嶋周助に宛てて、津(現三重県津市)から出した書簡がこちら。「かけ物」(掛軸)を売って「かり」(借金)を清算してほしいと頼むとともに、これから自分は「江戸・京・大坂・長崎・唐〔中国〕又わ天竺〔インド〕」へでも行ってみようかと旅への強い思いを記しています。
すでに探検家としての片鱗が垣間見えますね。

アイヌの人々への愛が感じられる、武四郎自筆の絵

武四郎が初めて蝦夷地に渡ったのは弘化2(1845)年、28歳のとき。
ロシアが蝦夷地を狙っていることを長崎で知った武四郎は、日本の危機を感じます。そして自ら蝦夷地を調べ始めたのです。そして探検家としての報告書や地図をまとめた功績が認められ、4回目以降は幕府の命により探査の任務にあたるようになりました。1858年までの間に、武四郎は計6回も探査に訪れています。

探査の際、武四郎は現地でアイヌの人々の協力を得て、その文化や生活を紹介することにも力を注ぎました。
「アイヌ舞踊の図」松浦武四郎筆(北海道博物館所蔵)

「アイヌ舞踊の図」松浦武四郎筆(北海道博物館所蔵)

江戸時代の絵師が説明的なアイヌ風俗を描いていたのとは一線を画し、武四郎は、俳画の趣に通じるような味わいのあるアイヌ絵を残しています。
なかでも好んだ画題が、「舞踊の図」(鶴の舞)でした。踊りの列は、エカシ、フチ、子どもたちへとつながり、人びとは、みな柔らかい表情をみせています。武四郎のアイヌの人々への慈愛が伝わってくるようですね。
自賛の和歌は「しら雪の つはさおほへて蝦夷人か 袖うちはふく たつゝ舞かな」とあります。

「蝦夷開拓御用掛」に命じられ、“北海道”を命名

「辞令」明治2年(1869)6月付(松浦武四郎記念館所蔵)

「辞令」明治2年(1869)6月付(松浦武四郎記念館所蔵)

明治になると、武四郎は蝦夷地に詳しい第一人者として明治政府の一員となります。

明治2年(1869)5月18日に箱館五稜郭を占拠していた旧幕府海軍副総裁・榎本武揚が降伏すると、新政府の蝦夷地開拓政策が動き出します。6月に佐賀藩の鍋島直正が「蝦夷開拓総督」に命じられると、武四郎は、佐賀藩士の島義勇や、桜井慎平、松浦武四郎、相良偆斎とともに「蝦夷開拓御用掛」に命じられました。
写真はその際に出された「蝦夷開拓御用掛准四等官」の辞令です。

やがて開拓使の役人となり、同年7月17日に、蝦夷地に代わる名称を提案します。
候補にあがった案のひとつに、「北加伊道」がありました。そして、その提案をふまえて、同年8月15日正式に「北海道」と命名されたのです。

「カイという言葉には、この地で生まれたものという意味がある」とアイヌの長老から教えられた武四郎、北「加伊」道にはその想いが込められていると言われています。

蒐集家としても有名だった武四郎のコレクションも必見

北海道初公開となる自作の大首飾り(静嘉堂所蔵)

北海道初公開となる自作の大首飾り(静嘉堂所蔵)

一方で、幕末の志士や政治家、学者、文人と幅広い交流を持ち、情報通・蒐集家としても有名だった武四郎。河鍋暁斎には、自身を釈迦に見立て蒐集した古物コレクションに囲まれた「武四郎涅槃図」を描かせています。
ちなみに肖像写真で首から下げている大首飾りも今回初公開されます。
「北海道」命名に込められた武四郎の想い、そして彼が長い旅で見て集めたもの、伝えようとしたこととは何だったのか。その軌跡から、改めて北海道の歴史を見つめ直してみませんか?
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