意外に知らない?渋谷以外にもある「忠犬ハチ公」銅像物語
2018年4月20日 更新

意外に知らない?渋谷以外にもある「忠犬ハチ公」銅像物語

昭和9年(1934)4月21日、渋谷駅前にハチ公の銅像が設置されました。渋谷駅で帰らぬ主人を待ち続けた忠犬ハチ公は、ハリウッドでも映画化され、今も世界中の人々に親しまれています。今回はハチの生涯と銅像にまつわる話、さらに渋谷以外にもある銅像をご紹介しましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

飼い主を待ち続けたハチ

ハチ

ハチ

ハチの犬種は秋田犬(あきたいぬ)。日本犬で最初の天然記念物に指定されました。
ハチは、大正12年(1923)に秋田県大館市で生まれました。
生後2カ月で東京帝国大学農学部教授の上野英三郎博士に引き取られます。

可愛がられたハチですが、翌年に上野博士が急死してしまいます。
その後もハチは、上野博士を送り迎えした渋谷駅に現れるようになりました。それは、代々木の植木職人宅に引き取られてからも続いたのです。
食事を取ると渋谷の上野博士宅に寄り、それから渋谷駅へ行くという日々を、ハチはずっと続けました。吠えることもなく、静かに博士を待っていたようです。

そんな健気な姿が新聞に紹介されると、一躍有名になりました。
しかし昭和10年(1935)、フィラリアで亡くなります。13歳でした。

渋谷のハチ公像ができるまで

ハチの剥製製作の様子

ハチの剥製製作の様子

ハチの遺体は剥製となり、上野の国立科学博物館にて保存されています。
新聞で有名になった後、ハチの銅像を建設する募金が行われ、昭和9年(1934)4月21日に渋谷駅前に銅像が設置されました。除幕式には多くの人が詰めかけ、ハチも参加しました。
翌年にハチは死去し、青山霊園にある上野博士の隣に葬られます。
初代ハチ公像

初代ハチ公像

ハチの一周忌には、銅像に多くの人が集まりました。
ハチ公像は戦時中に軍に供出されてしまいましたが、昭和23年(1948)に再建され、2代目のハチ公像が現在のものとなります。GHQの愛犬家までもが力になり、後にヘレン・ケラーも触りに訪れたそうで、ハチの存在は海外にも知られていたのでした。

忠犬ハチ公像(東京都渋谷区)

渋谷駅ハチ公口のハチ公像(初めてだと意外と見つからない)。

渋谷駅ハチ公口のハチ公像(初めてだと意外と見つからない)。

待ち合わせ場所といったら「ハチ公像」というほどポピュラーな存在の、渋谷駅前のハチ公像。
耳が垂れているのは、晩年に他の犬に噛まれてしまった時の姿をモデルにしているためだそうです。

他にもあるハチ公像

ハチが生まれた秋田県大館市の大館駅前にも、昭和10年(1935)に渋谷駅前のものと同じ型の銅像が設置されました。
他にも、三重や東大農学部にハチと上野博士の像があります。

生まれ故郷にある忠犬ハチ公像(秋田県大館市)

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