【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編
2018年2月5日 更新

【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編

細川忠興の波乱の生涯とゆかりの地をめぐるシリーズ。丹後時代を紹介した前編、細川家怒涛の関ヶ原の戦いをお送りした中編に続き、後編は、小倉、中津、そして西国きっての大国・肥後熊本藩が設立するまでの忠興と、ゆかりの地をご案内します。

高桐みつちよ高桐みつちよ

細川忠興

細川忠興

忠興の生涯を追いながらゆかりの地を紹介したこのシリーズも最終回!
今回は新天地・豊後中津への転封から始まります。

新天地・豊後。新たな時代に新たな街づくり

細川家は、関ヶ原の戦いで大変な痛みを受けながらも、その戦いが評価され、所領約2倍増の大加増されることになりました。
忠興の新しい所領は、豊前小倉(福岡県北九州市)、豊後中津(大分県中津市)、以前飛び地でもらった豊後杵築(大分県杵築市)。
この地は、関門海峡、豊予海峡を臨む九州の玄関口。九州から瀬戸内に出る際には必ず通る場所です。
そこの守りを任されるということは、家康が忠興をいかに信頼していたかがわかります。

豊後中津の先の領主は中編でも述べたように、終生のライバルといわれる黒田長政。黒田家は関ヶ原での戦いで小早川秀秋を東軍に引き入れた戦功により、九州一の商業都市、筑前博多(福岡県福岡市)へ転封となりました。

細川領の小倉と黒田領の福岡。現在はどちらも福岡県に属していることでお分かりかと思いますが、境界線を接するお隣同士です。どちらも幕府から九州の北の守りとして期待されており、仲良くやっていくべきところなのですが、このご近所付き合いは最悪の形で始まります。

細川家と黒田家の決裂を生んだ年貢持ち逃げ事件

黒田長政

黒田長政

このときまでは、細川家と黒田家の仲は良好だったそうで…。
この当時、「その年の年貢はすべて現地に置いて引き渡し、移動先でその地の年貢を受け取る」というのがマナーでした。
細川家も当然ながら宮津で得た年貢は次に入る京極家に引き渡して中津にやってきたのですが、中津で蔵を開けると空っぽ。なんと、黒田家はすべて持って行ってしまったのです。

引っ越し早々食べる米にも困った忠興は、この現状を家康に報告します。
家康の返答は「勝手次第(当事者で解決しろ)」。
そこで忠興は長政と交渉するのですが、長政からの回答は「すぐには渡せない」で、取り付く島のない長政に忠興の怒りが爆発します。

あわや宣戦布告!?の強硬手段に出た忠興

黒田家が上方に米を出荷する際、必ず通らないといけない場所が関門海峡。
ご立腹の忠興は、すぐに門司に番所を設けて黒田の米を乗せた船を止め、米を差し押さえることにします。
これはこの当時、宣戦布告に相当する強硬手段です。

いまだ社会情勢が不確かなご時世。九州の地でとはいえ、39万石VS52万石の戦が始まってはどうなるかわかりません。
そこで徳川家が慌てて仲裁に入り、黒田家に約2年にも及ぶ返済計画を出させて事を収めるのですが…。

忠興はかなり執念深い性格だったようで、政治的に解決しても感情的には納得しておらず、以降、「黒田家の者が無礼を働いたとき、こちらは慇懃(丁寧)にふるまう必要はない」(武家社会では余計な諍いを避けるために、お互いに冷静丁寧に対応することが礼儀)という命令を出しており、この後、「玄蕃出奔事件」「後藤又兵衛出奔事件」と互いの溝が大きくなるばかりで、忠興が亡くなった後も、慣例的不仲は続いていくのです。
金と食べ物の恨みは怖い…。

家臣の門閥化により家族に亀裂

松井康之

松井康之

幽斎、忠興に仕えた松井康之は、すぐれた茶人でもあったとか。
新しい国作りを開始するにあたり、家臣の知行分けと街づくりも同時に進めることになりました。すると今度は家族間で事件が起こります…。
  
転封して1年目、慶長7年(1602)のこと。
忠興は身内よりも有吉や松井といった家臣たちのほうが仲が良かったことは前編でも書きましたが、身内、特に弟の玄蕃はそれに不満を持っていました。

細川家は、家臣に松井家や米田家といった幽斎の足利将軍家時代の同僚がいて、また、忠興は娘や養女を重臣に嫁がせることで門閥化していたため、複雑な権力構造をしています。
玄蕃は血族である自分と、一家臣である松井康之が同格に扱われることがずっと不服でした。

玄蕃は関ヶ原の戦いの論功行賞で、本隊を率いて戦い主級を上げた自分が一門筆頭として扱われると思っていたのですが、ふたを開けてみれば、加増はされたものの松井と同格のまま。
ついに不服が爆発します。

弟の玄蕃が出奔!

細川幽斎

細川幽斎

京都で悠々自適な生活を送っていた幽斎。
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高桐みつちよ

高桐みつちよ

「歴史をポップに楽しみたい!」オタクカルチャーを交えて歴史コンテンツを発信する歴女ユニット「武蔵守歴女会LLP」所属。肥後細川家と石田三成をこよなく愛する歴史ライター時々マイ甲冑武者。関ケ原町を拠点とする甲冑武者団体「関ケ原組」での活動を経て、現在は甲冑劇の脚本演出を行っている。関ケ原合戦祭り『関ケ原合戦絵巻』(2014~)、関ケ原七武将物語(2015~)脚本演出。『真田幸村の系譜(河出書房新書)』執筆協力。 公式

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