【「水戸黄門」でおなじみ】実は諸国漫遊していない!?史実の水戸光圀
2017年12月6日 更新

【「水戸黄門」でおなじみ】実は諸国漫遊していない!?史実の水戸光圀

超ロングラン時代劇「水戸黄門」でおなじみ、黄門様こと徳川光圀。黄門様といえば、助さん角さんを従えて、諸国漫遊し、印籠を見せては悪人を成敗する姿が浮かびますが、本当は諸国漫遊していなかった!?今もなお、茨城県で愛される徳川光圀の実像と、水戸での見どころを徹底紹介します。

小太刀御禄小太刀御禄

徳川光圀肖像画

徳川光圀肖像画

明治以降に描かれた徳川光圀の肖像画。
つり目で凛々しい顔つきです。
時代劇「水戸黄門」は誰しも1度は見たことがあるのではないでしょうか?この秋、BS-TBSでの放送も始まり、根強い人気を誇っています。かつては『水戸黄門漫遊記』と呼ばれ、時代劇のほかにも多彩なメディアで愛されてきた題材です。

地元である茨城県水戸市やその近隣では、地元の偉人として愛されています。
時代劇などで水戸黄門を知った方は、自称「越後のちりめん問屋のご隠居」であり、助さん格さんをつれて全国を漫遊している姿を想像することが多いと思います。
今日はそんな水戸黄門こと徳川光圀の実像と、茨城県は水戸市のゆかりの地を紹介します。

黄門様こと徳川光圀って?

千波湖のほとりにたつ光圀像

千波湖のほとりにたつ光圀像

偕楽園に隣接する千波湖(せんばこ)の畔りにたつ黄門様。穏やかそうな表情に、時代劇で見慣れた装いをしています。
via 撮影:小太刀御禄
徳川光圀は、水戸藩第2代藩主で、徳川家康の孫にあたります。徳川御三家のひとつである、水戸徳川家の一族です。

儒学を推奨し、彰考館(しょうこうかん)という修史局をおき、「大日本史」を編纂します。
時代劇では諸国を漫遊しているイメージの強い徳川光圀ですが、実際にはこの「大日本史」のために支局員の儒学者を日本各地に派遣して史料蒐集を行っており、自身が日本各地をめぐったという記録はありません。
もう少し踏み込むと、藩主になる以前の鎌倉遊歴、藩主時代に江戸との往復や領内巡検をしている程度だそうです。

「大日本史」とは日本の歴史書であり、水戸学の重要な部分をしめています。また、水戸学は明治維新の原動力にもなったといわれています。つまり光圀はこの水戸学の基礎をつくったというわけです。

光圀が編纂をスタートさせた「大日本史」は、光圀の死後も、水戸藩の事業として引き継がれていきます。
完成したのは明治39年(1906)、約250年の時間をかけて編纂が終わりました。水戸藩では長い年月をかけて、光圀の想いを繋いできたといえますね。

まさに水戸のシンボル!水戸駅前の水戸黄門像

水戸駅北口に立つ水戸黄門像

水戸駅北口に立つ水戸黄門像

こちらは助さん格さんと一緒にいます。
via 撮影:小太刀御禄
水戸学の基礎をつくり、日本に大きな影響をあたえ、さらには時代劇で長きにわたり愛されてきた水戸黄門こと徳川光圀。水戸駅北口には助さん格さんを従えた水戸黄門像が立っています。
水戸黄門像、後ろ姿

水戸黄門像、後ろ姿

水戸駅を背景に。これから旅に出そうな1枚です。
via 撮影:小太刀御禄
後ろから撮影すると、水戸駅から漫遊の旅に出そうな黄門様ご一行を撮影することができます。
なお、水戸市内には8つの水戸黄門像があるそうです。銅像ファンのみなさん、ぜひ探してみては?

光圀を祀る常磐神社

常磐神社の社殿

常磐神社の社殿

常磐神社の社殿。
白い鳥居がとても美しいです。
via 撮影:小太刀御禄
水戸といえば、烈公と呼ばれた徳川慶喜の父である水戸藩9代藩主・徳川斉昭がつくった偕楽園が有名ですね。
その偕楽園の横には、徳川光圀と徳川斉昭を祀った常磐神社があります。
この神社は明治元年(1868)、徳川光圀と徳川斉昭を慕う水戸藩士により祠堂が建てられたのがはじまりです。光圀がいかに水戸の人々に愛されていたかがわかりますね。
常磐神社では、葵紋の印籠を模した印籠守を授与しているそう。常磐神社ならではのかっこいいお守りも楽しみの1つです。
常磐神社に奉納されている、茨城の日本酒

常磐神社に奉納されている、茨城の日本酒

via 撮影:小太刀御禄
筆者が常磐神社に参拝した際は、茨城の日本酒が奉納されていました。
中でも目を引くのが「副将軍」。
これは水戸徳川が他の大名と違い、参覲交代せずに、常に江戸にとどまるように義務付けられ、将軍の補佐役としての色が強かったことに由来する、水戸徳川の俗称といわれています。

この副将軍という俗称については諸説ありますが、水戸藩主であった光圀も時代劇では「水戸の副将軍」と呼ばれていますね。
水戸ではこうして、水戸徳川や光圀ゆかりの名称をとった商品も多く見受けられます。
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小太刀御禄

小太刀御禄

東京生まれ、東京&茨城育ちの歴史好きデザイナー。 2014年からは「茨城県古河市非公認ご当地キャラ・こがにゃんこ」を開始。プロデューサーとしてキャラクターを通じた地域活性化につとめている。 いばらき観光マイスター資格保持者。 公式

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