坂本龍馬や桂小五郎も!幕末志士ゆかりの江戸剣術道場めぐり前編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第20回】
2018年8月25日 更新

坂本龍馬や桂小五郎も!幕末志士ゆかりの江戸剣術道場めぐり前編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第20回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第20回は、坂本龍馬ゆかりの千葉定吉桶町道場と江戸三大道場をめぐります。後に「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」と評された江戸三大道場では、それぞれ歴史に名を残した志士たちが腕を磨いていました。今回は坂本龍馬ゆかりの道場を中心に、江戸の剣術道場めぐりをご案内します。

小栗さくら小栗さくら

江戸三大道場と坂本龍馬

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幕末当時、江戸には数えきれないほどの撃剣道場があったといいます。その中でも「江戸三大道場」と呼ばれる3つの道場は有名ですね。
その3つとは、神道無念流(しんどうむねんりゅう)の「練兵館」、鏡新明智流(きょうしんめいちりゅう)の「士学館」、北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)の「玄武館」のこと。ですが当時は三大道場という呼び名ではなく、三道場主を「三剣客」といったり「三天狗」と呼んでいたとか。坂本龍馬も三大道場ゆかりの道場に通っていました。
今回は、江戸三大道場と龍馬ゆかりの道場をご紹介します。

「力の斎藤」練兵館

靖国神社南門

靖国神社南門

via 提供:小栗さくら
斎藤弥九郎が開設した、神道無念流「練兵館」。もとは神田俎板(まないた)橋にありましたが、焼失により、移転しました。現在碑が建っているのは、靖国神社の南門を入ってすぐの場所です。

練兵館は、明治に入り元塾頭が「まるで柔道である」と回想したほど荒い稽古だったようです。
この道場に通っていたのは、桂小五郎や高杉晋作、品川弥二郎など長州藩士が多かったとか。それは斎藤弥九郎の長男・新太郎が、萩の明倫館で師範を務め評価されていたことにより、長州藩が練兵館に藩士を送ったからのようです。
神道無念流 練兵館跡の碑

神道無念流 練兵館跡の碑

via 提供:小栗さくら
当時30名ほどの住み込み門弟がいたという練兵館。通いの門弟を合わせれば、連日100名ほどが稽古していたそうです。かなりの大所帯ですね。
ところが、住み込み30名に対し下駄が15,6足ほどしかなかったため、門弟の大村藩士・渡辺昇は、桜田門外の変の時、仲間と現場に行って下駄を拾ってきた、なんてお話もあります。凄惨な現場で下駄を拾う姿…あまりに事件との温度差が激しいですよね。

「位の桃井」士学館

京橋公園

京橋公園

via 提供:小栗さくら
鏡心明智流「士学館」の4代目道場主、桃井春蔵。この時代に、士学館道場は最も栄えたといいます。2代目のときに京橋・蜊(あさり)河岸(現在の京橋公園付近)に移転し、幕末までこの場所で発展していきました。

土佐藩の築地中屋敷から200メートルほどという立地もあってか、門弟には、塾頭となった武市半平太(武市瑞山)や、岡田以蔵といった土佐藩士が多かったそうです。土佐藩邸に寄宿していた龍馬もこの周辺を通ったことでしょう。
京橋公園

京橋公園

士学館の碑はなく、蜊河岸の説明板が公園の奥にあります。そこに士学館があったことも触れられていますよ。
via 提供:小栗さくら
桃井と試合をした剣客は、「桃井は技前といい、姿勢といい、比類なし」と評しました。
道場に寄宿していたのは10人弱でしたが、いずれも屈強の人物だったそうで、士学館四天王といわれる門弟もいました。

講武所の剣術教授にもなった桃井は、戊辰戦争で幕府軍・遊撃隊頭取並となるものの、大坂での開戦を反対したことで離脱せざるを得なくなります。そして維新後は神職などさまざまな職につき、大坂で没しました。
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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