政府軍VS薩摩軍 西南戦争最大の激戦地「田原坂」を歩いてみた
2018年1月24日 更新

政府軍VS薩摩軍 西南戦争最大の激戦地「田原坂」を歩いてみた

「雨は降る降る 人馬はぬれる 越すに越されぬ田原坂 右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな美少年 山に屍 河に血流る 肥後の天地 秋さびし」 この歌は西南戦争の田原坂の激戦を歌った歌です。実は筆者の高祖父(祖父の祖父)も、薩摩軍の兵士として田原坂で戦いました。一度行ってみたいと思っていた田原坂。140年の時を超えて、玄孫にあたる筆者が実際に歩いてみました。

重久直子重久直子

「鹿児島新報田原坂激戦之図」小林永濯画、明治10年3月

「鹿児島新報田原坂激戦之図」小林永濯画、明治10年3月

西南戦争とは?

江戸時代の終焉と共に、千年続いた武士も滅びました。しかし明治になると新政府に対する不満から、全国で不平士族の乱が起きました。その最後の戦いが明治10(1877)年2月19日~9月24日に起きた西南戦争です。西郷隆盛を首脳に旧薩摩藩士が挙兵、国内最大最後の内戦になりました。西郷隆盛は「今般政府に尋問の筋これあり」と、その決起の決意を述べています。

西南戦争の戦場となったのは九州の鹿児島県・熊本県・宮崎県・大分県。戦力は政府軍6万に対し薩摩軍3万。戦死者は両軍合わせて14000人。その四分の一が西南戦争最大の激戦地・田原坂で亡くなりました。
田原坂の戦い

田原坂の戦い

薩摩軍の塹壕が無数に掘られています。
via 「鳥瞰イラストで蘇る歴史の舞台」歴史群像編集部編(学研)

日本初の近代戦、そして日本刀による最後の集団戦

田原坂 一の坂

田原坂 一の坂

via 撮影:重久直子
田原坂は熊本市と熊本県玉名市を結ぶ幅4m、長さ1.5km、標高差60mのゆるやかな坂道です。普段なら30分程で登りきるこの坂で、3月4日~20日の17日間、壮絶な死闘が繰り広げられました。

この頃、政府軍の主力は熊本城で籠城していました。熊本城へ援軍に行こうとした政府軍は、唯一大砲が通れる田原坂を通ろうし、それを阻止しようとした薩摩軍との間でこの戦いが起きたのです。
田原坂 二の坂

田原坂 二の坂

via 撮影:重久直子
西南戦争は大砲や小銃を中心とした日本初の本格的な近代戦となりました。その最大の激戦地・田原坂では1日に打ちあった弾丸の数が、政府軍だけでも最大60万発にのぼったといわれています。

あまりの数に撃ち合った弾同士が空中で激突するほどで、その激突した弾を「かちあい弾(たま)」といいますが、今も田原坂からは、互いに激突して変形したかちあい弾が出土するそうです。
田原坂 三の坂

田原坂 三の坂

via 撮影:重久直子
西南戦争は日本初の本格的な近代戦となりましたが、同時に日本刀が実戦で活躍した最後の戦いでもありました。連日冷たい雨が降る中、濡れると使用できなくなる旧式の銃を使用していた薩摩軍は、日本刀による接近戦を行いました。

士族で構成された薩摩軍は、幼い頃から剣術の稽古や軍事教練を積んでいました。一方政府軍の歩兵は農工商出身者が多く、徴兵後に初めて銃剣(先端に短剣を装着した小銃)の訓練を行った者がほとんどでした。

銃剣に対する日本刀の破壊力の差も圧倒的でしたが、薩摩軍の兵士が示現流(薩摩藩独自の剣術)独特の甲高い奇声を発して斬り込むと、その恐ろしさに政府軍の兵士は散り散りになって逃げたといわれます。

そこで政府軍は、本来警察は戦争には参加しないものですが、士族が多い警視隊の中から特に剣術に秀でた者を集め、「警視抜刀隊」を結成するという苦肉の策をとりました。

薩摩の悲劇。薩摩軍vs警視抜刀隊

「鹿児島新畫之内 熊本縣田原坂撃戦之図」梅堂国政画、明...

「鹿児島新畫之内 熊本縣田原坂撃戦之図」梅堂国政画、明治10年4月

左が警視抜刀隊、右が西郷軍
しかしこの警視抜刀隊、中には戊辰戦争などで薩摩に恨みのある東北出身者もいたといわれますが、その大半は旧薩摩藩士でした。

薩摩軍の首脳・西郷隆盛は、幕末維新で活躍した薩摩藩の中心人物として「維新の三傑」にも掲げられた大人物ですが、明治になると新政府の首脳になり、政府軍(大日本帝国陸軍)の大将兼参議を務めました。西南戦争で敵として戦った政府軍は、元々は西郷がトップだったのです。

その後、西郷は新政府の方針と合わなくなり鹿児島に下向、西南戦争へと至ったのですが、西郷と共に幕末維新で活躍した大親友の大久保利通は、この時新政府の内務卿でした。また西郷の実弟・従道も新政府の陸軍卿代行だったのです。

他にも、西南戦争の総司令官を務めた海軍中将・川村純義、警視隊の司令長官を兼任した陸軍少将・川路利良、川路が辞任した後に司令長官を務めた陸軍少将・大山巌、熊本鎮台守備軍の参謀長・樺山資紀など、皆、旧薩摩藩士でした。

西南戦争は、「薩摩vs薩摩」の戦いだったという人もいます。戦場でも親子や親戚、友人が敵同士となって戦う姿がみられたそうです。

互いに「正義」があっての戦いですが、しかし幕末維新には実に多くの悲劇があったのだと、改めて思いました。
田原坂付近の風景

田原坂付近の風景

via 撮影:重久直子
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重久直子

重久直子

歴史ライター&シナリオライター。歴史系ウェブサイトや歴史雑誌に原稿を寄稿したり、映画やドラマに関する活動をしています。幕末や戦国時代、会津や土佐、鹿児島、北陸、出雲、澁谷、神社などに特に興味があります。歴史を知ると自分のことも誇れるようになると思います。そして自分や自分の祖先、そして住んでいる町のことも、もっと好きになると思います。祖先達が見てきた様々な時代を、祖先達から受け継いだ自分の細胞、一つ一つで感じていきたいと思っています。

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