日本人なら知らない人はいない?『徳川葵』は泰平の家紋【家紋のルーツ:第6回】
2018年10月13日 更新

日本人なら知らない人はいない?『徳川葵』は泰平の家紋【家紋のルーツ:第6回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。今回は徳川家の家紋「葵紋」です。テレビドラマ『水戸黄門』に登場する印籠でもお馴染みの「三つ葉葵」は、日本人なら一度は目にしたことがある家紋ではないでしょうか。気になるその由来を紐解いてみましょう。

髙澤等髙澤等

太平の世の葵紋

駿府城公園の徳川家康像 (静岡県静岡市葵区駿府城公園)

駿府城公園の徳川家康像 (静岡県静岡市葵区駿府城公園)

via 提供:髙澤等
戦国の世に現れた徳川家康は、数々の争いを勝ち抜き、265年間という世界でも希有な無戦争時代を作り出しました。
その徳川家の家紋は、日本人なら知らぬ人のない「三つ葉葵」です。
徳川家の独占紋ということで「徳川葵」とも云われます。
長年愛され続けるテレビドラマ『水戸黄門』でも、その家紋は劇中で重要な役回りとして使われていましたね。
オープニングも葵紋、そしてドラマのクライマックスでババーン!と突きつけられる印籠の葵紋に、悪党がひれ伏すシーンは時代劇ファンにとっては堪らない場面です。
テレビでもおなじみの「三つ葉葵」

テレビでもおなじみの「三つ葉葵」

via 提供:髙澤等
有名な「三つ葉葵」ですが、将軍家の葵紋は初代将軍家康以降どんどん形を変え、時代が降るに連れて葉脈の数が半分以下に減り、葉柄は太くなってゆきます。
ですから将軍家の家紋と聞かれても、決まった形を提示するのは難しいのです。
おまけに御三家の葵紋も一定していないので、仕事で徳川の葵紋を教えて欲しいと求められても、どの紋形を提示していいやらと悩んでしまうのです。
提供:髙澤等 (25031)

家康の時代は葉脈が33本と非常に細かいデザインだった。
via 提供:髙澤等
文化2年(1805)の『文化武鑑』に見られる三つ葉葵紋...

文化2年(1805)の『文化武鑑』に見られる三つ葉葵紋。この頃には葉脈の数が13本になっている。

via 提供:髙澤等
葵紋は“フタバアオイ”という植物をモチーフとした家紋です。葵紋は賀茂氏族と関わりの深い京都の下鴨神社、上賀茂神社や貴船神社などと深く関係していて、これらの神社は葵を御神紋としています。
そして祭礼は葵祭として有名です。祭りでは平安様の装束や牛車が葵で飾られます。
後で書きますが、徳川家の家紋は、この「賀茂」が重要なキーワードになっています。
提供:髙澤等 (25034)

賀茂信仰の象徴であるフタバアオイ
via 提供:髙澤等

徳川家の葵紋を探る

徳川将軍家となった松平氏がいつ頃から葵紋を使用していたかは明かではありません。
すでに江戸時代の前期から、様々な説が乱立していましたが、それは取りも直さず確たる史料もなく、真相が闇の中に置き去りにされていたからでしょう。
そのような状況の中で、故実家の竹尾善筑(1782~1839)が、『葵御紋考』(『旧考余禄』)を著し多くの伝聞をまとめて重要な参考資料となっています。
竹尾善筑の『葵御紋考』

竹尾善筑の『葵御紋考』

via 提供:髙澤等
他にも『徳川実記』、『葵号考』、『改正三河後風土記』、『塩尻』、『徳川世記』などで徳川家の葵紋の始まりが考察されています。
とくに『徳川世記』では、松平親氏の子孫が賀茂氏を称して、巴状に描いた葵紋を用いたとしていて、この説のみは元々「三つ葉葵」が徳川家の家紋だったとしています。
家康の嫡男松平信康の廟所にある葵紋

家康の嫡男松平信康の廟所にある葵紋

葉脈の数で、過渡期のデザインとわかる(静岡県浜松市天竜区二俣町・清瀧寺内)
via 提供:髙澤等
また譜代家臣たちの家譜にも自家と葵紋の関係を書いて、徳川家と特別な関係があったということを強調する家は多いのですが、そのどれもが伝聞によるもので、信用できるようなものがありません。

有名な逸話としては、酒井家が使っていた三つ葉葵紋を召し上げて、酒井家には換わりに形の似ている片喰(かたばみ)紋を下賜したという話があります。
そしてもう一つ、譜代家臣の本多家が家康に家紋を譲ったという話しもあります。
酒井家も本多家も、徳川家にとっては最重要な家臣でしたが、これでは少なくともどちらかはウソをついていることになってしまいます。

しかし、この件に関して徳川家では真相を糺明するような公式な見解は示していません。
また酒井、本多両家もこの件について言い争うようなこともなかったようです。そこには今に伝わらない様々な配慮が働いていたのでしょう。
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髙澤等

髙澤等

埼玉県飯能市生まれ。長年、実父の日本家紋研究会前会長の千鹿野茂とともに全国の家紋蒐集を行う。家紋の使用家や分布などを、統計を用いて研究している。現在、日本家紋研究会会長、家系研究協議会理事、歴史研究家。著書に『苗字から引く家紋の事典』(東京堂出版)、『家紋歳時記』『戦国武将 敗者の子孫たち』(ともに洋泉社)などがある。 公式

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