幕末の立役者に会える! 全国に残る風雲児・坂本龍馬の銅像「ニッポン銅像探訪記 第1回:坂本龍馬・土佐(高知)編」
2017年5月4日 更新

幕末の立役者に会える! 全国に残る風雲児・坂本龍馬の銅像「ニッポン銅像探訪記 第1回:坂本龍馬・土佐(高知)編」

日本全国偉人ゆかりの地にある名銅像・珍銅像を歴史のプロがガイドする新連載「ニッポン銅像 探訪記」がスタート!初回は高知県にある坂本龍馬像たちをご紹介します。

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

銅像とは不思議な存在です。教科書に掲載されることもあるのに、絵画のようには大事にされず、仏像のように拝まれることもありません。「オラが街」のヒーローのはずなのに住人には普段見向きもされず、観光名所とされることもあまりない。ただひたすら、街の発達と人々の暮らしをじっと見守り続けています。そんな不遇な(?)銅像たちに脚光を浴びせ、全国にある名銅像・珍銅像をガイドしようというのが本連載です。

記念すべき第1回目を飾るのが、幕末の風雲児・坂本龍馬。ドラマなどでも主役級を務める高い人気と、日本全国を旅した彼の行動力を反映して、全国に30数体の銅像が残ります。今回は彼の生まれ故郷、土佐(高知)の地に立つ龍馬像から紹介しましょう。

桂浜に向かってヨーソロー!

龍馬像と聞いて、ほとんどの人が真っ先に思い浮かべるのが、桂浜に立つこの銅像でしょう。キリッと鋭い視線で遠く太平洋の彼方を見通すその表情は、日本の将来像を思い描いているようにも、自らの未来を思い悩んでいるようにも見えます。

 初めてこの銅像を訪れて誰もが抱く感想は、「デケェ」そして「高ぇ」ということ。約8メートルもある台座の上に、5メートルを超える巨大龍馬さんが鎮座します。この銅像を見上げるていると、何かご利益がありそうな気がしてきます。造られたのは1928年(昭和3年)で、現存銅像としてはわりと古いほう。現在に通じる坂本龍馬人気は、戦後、司馬遼太郎が著した名作『竜馬がゆく』がフックになったとよく言われますが、地元では昔から龍馬が英雄であったことを証明する銅像です。
あまりに有名すぎる龍馬像。「日本3大銅像」という括りが...

あまりに有名すぎる龍馬像。「日本3大銅像」という括りがあれば、間違いなく入るだろう。

龍馬像の隣には、期間限定で龍馬を横から見られる展望台が...

龍馬像の隣には、期間限定で龍馬を横から見られる展望台が設置される。キャッチコピーは「心はいつも太平洋ぜよ」。

展望台から望む龍馬。足許がブーツなのがこの銅像のポイント。

展望台から望む龍馬。足許がブーツなのがこの銅像のポイント。

シェイクハンドぜよ! 国内でも珍しい「触れあい系」銅像

桂浜の銅像から車で約5分程度のところにある坂本龍馬記念館。ここで銅像ファンを待ち受けているのが、“シェイクハンド”龍馬像。全国でも類例のない、握手することができる銅像です。

 なぜ握手することができるのか、その理由は定かではありませんが、「いっしょに飲みに行きたい歴史人物」といったランキングでは常に上位に入る龍馬なので、親しみやすさ=握手となったのでしょう。背後の看板には「心をつなごう」というコピーが日本語・英語・中国語・韓国語で掲げられており、桂浜から世界平和を祈り続けているわけです。
日本一握手会をこなしている龍馬像。握手のしすぎで右手だ...

日本一握手会をこなしている龍馬像。握手のしすぎで右手だけ金色に光る。

君も龍馬と握手! 等身よりやや大きい。

君も龍馬と握手! 等身よりやや大きい。

時代の扉を開けろ!「維新の門」像

 その他、高知県内には無数の龍馬像が立っています。その多くは右手を懐にしのばせた「桂浜タイプ」なわけですが、異色なのが「維新の門」像という群像の中に登場する龍馬です。

 維新の門像があるのは高知県檮原町。町に電車が走っておらず、高知市内からは車で90分ほどかかるというアクセスの悪さがやや難ですが、それを乗り越えてでも見に行く価値あり! まるで映画の1シーンのような、躍動感あふれる群像劇を楽しめるでしょう。

 なぜこの地に立っているかというと、龍馬は脱藩のときにこの地を通って伊予(愛媛県)方面に抜けているから。維新の門像の8人は全員、龍馬の脱藩に関わっているか、同じルートを通って国境を越えた志士になります。まさにこの場所から、倒幕・維新という重い扉が開かれたわけです。

 悩んでいたり、くすぶっていたりする読者の方々、土佐の地で龍馬に出会えば、きっと人生が開けるぜよ!!
梼原中学校のそばに立つ維新の門像。センターは梼原出身で...

梼原中学校のそばに立つ維新の門像。センターは梼原出身で龍馬ら志士を援助し続けた掛橋和泉。

ともに脱藩した澤村惣之丞(左)を従えて見栄を切る龍馬(右)。

ともに脱藩した澤村惣之丞(左)を従えて見栄を切る龍馬(右)。

今回ご紹介した坂本龍馬像がある高知県ゆかりの地まとめ

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滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

かみゆ歴史編集部は「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。最近の編集制作物に『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』(学研プラス)、『開運・日本の神社と御朱印』(英和出版社)、『日本の山城100名城』(洋泉社)など。代表の滝沢は講演や講座、メディア出演も行う。 公式

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