実はスゴイ!龍馬の先を行った男・赤松小三郎、幕末を駆け抜けた生涯とゆかりの地
2018年9月3日 更新

実はスゴイ!龍馬の先を行った男・赤松小三郎、幕末を駆け抜けた生涯とゆかりの地

坂本龍馬の「船中八策」は、大政奉還や議会政治などの考えが盛り込まれた、当時としては画期的なものでした。しかし、議会政治などの考えを龍馬よりも先に唱えていた人物がいたのです。それが、赤松小三郎という上田藩士。議会開設や人民平等という先進的な考えを誰よりも先に持っていた彼の生涯とゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

龍馬よりも早く勝海舟のそばで学ぶ

天保2(1831)年、上田藩士・芦田勘兵衛の二男として誕生した小三郎。やがて、同じく上田藩士である赤松家の家督を継ぐため養子に入った彼は、藩校で学んだ後、18歳で江戸に出て蘭学や数学、兵学などを学びます。

そして安政2(1855)年には勝海舟に師事し、従者として長崎海軍伝習所に入ります。ここでは語学や航海術、洋式砲術など、後に彼が兵学者として名を成す基礎を培いました。
赤松小三郎肖像写真

赤松小三郎肖像写真

via 提供:上田市立博物館
安政6(1859)年に伝習所が閉鎖されてしまうと、小三郎は上田へ帰り家督を継ぎ、上田藩の藩兵の調練調方御用掛となります。
そして江戸で英語を学んでいた小三郎の優れた才能は、慶応元(1865)年に「英国歩兵練法」というイギリスの兵学書を訳した際に花開きます。
小三郎が訳した『英国歩兵練法』。この後出版した『重訂英...

小三郎が訳した『英国歩兵練法』。この後出版した『重訂英国歩兵練法』は、薩摩藩の管理下に置かれた。

via 提供:上田市立博物館
京都で英式の兵学塾を開いた小三郎は、多くの藩士らに講義を行いました。彼の評判は薩摩藩にも届き、やがて彼は薩摩藩に迎えられ、京都の薩摩藩邸で講義を行うまでになります。
この時の門下生には、中村半次郎(桐野利秋)や村田新八、東郷平八郎などがおり、その数は800人を超えたと言われています。

先進的な政治思想家としても活躍!「船中八策」に先だった建白書

「世界地図」

「世界地図」

via 提供:上田市立博物館
兵学者として名を挙げた一方で、小三郎は政治面に関しても先進的な思想を持っていました。

慶応3(1867)年5月には、松平春嶽に建白書を提出しています。
ここには、二院制議会の創設や、普通選挙による議会政治、議院内閣制の導入など、西洋の思想を取り入れた、当時としては実に先進的な考えが盛り込まれていました。また、人民に教育の機会を設けることや、人民の平等などを説きました。

坂本龍馬の船中八策も二院制議会政治について触れていますが、実は小三郎の方が先に言及しており、龍馬は彼の思想から影響を受けたのではないかという説もあるそうです。

かつての教え子・中村半次郎に暗殺される

兄宛小三郎書簡 ※慶応3年(1867)7月16日・慶応...

兄宛小三郎書簡 ※慶応3年(1867)7月16日・慶応3年(1867)8月17日)

小三郎が兄に宛てた手紙。薩摩や会津とも関わりがあり、何とか和を図ろうと奔走していた。
via 提供:上田市立博物館
小三郎は、薩摩藩とだけではなく幕府方とも接触し、薩長と幕府の衝突を避けようと交渉していました。その様子は兄へ宛てた手紙にも書かれています。

ただ、こうした動きを幕府のスパイとみなした薩摩藩士・中村半次郎らによって、小三郎は建白書を提出した同じ年の9月3日に暗殺されてしまったのでした。

故郷・長野県上田市に残る赤松小三郎ゆかりの地

小三郎の暗殺は、薩摩藩士・中村半次郎によるものだったことから、その裏に西郷隆盛の意図があったと憶測されることもあるそうです。ちなみに『人斬り半次郎』といわれた中村半次郎が暗殺した記録が唯一残っているのが小三郎だとか。
小三郎が暗殺された京都市下京区には、「贈従五位赤松小三郎先生記念」という碑が設置されています。

その後、36歳で無念の死を遂げた小三郎の遺骸は、京都の金戒光明寺に埋葬されました。遺髪は故郷である長野県上田市の月窓寺に埋葬されています。
赤松小三郎遺髪の墓(月窓寺)

赤松小三郎遺髪の墓(月窓寺)

via 写真提供:上田市マルチメディア情報センター
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