意外な場所に○○が!?創設者・福沢諭吉の軌跡が残る慶応義塾大学三田キャンパス
2018年1月10日 更新

意外な場所に○○が!?創設者・福沢諭吉の軌跡が残る慶応義塾大学三田キャンパス

慶應義塾大学創設者であり、『学問のすゝめ』の著者で知られる福沢諭吉。1万円札の肖像でもおなじみですね。東京都港区にある慶應義塾大学の三田キャンパス内やその周辺には、諭吉ゆかりの地が多数あります。受験シーズンも近い今、キャンパス見学も兼ねて、探索してみませんか?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

三田演説館

三田演説館

キャンパスの西側にある三田演説館は、1875年(明治8)5月1日、諭吉により日本初の演説講堂として建てられたものです。木造瓦葺やなまこ壁の建物は、国の重要文化財に指定されています。使用される以外は閉鎖されていますが、外観だけでも当時の雰囲気を感じさせます。
ちなみに、スピーチを「演説」、ディベートを「討論」と翻訳したのは諭吉だそうです。

邸宅跡にある「福澤諭吉終焉之地記念碑」

「福澤諭吉終焉之地記念碑」

「福澤諭吉終焉之地記念碑」

via 撮影:ユカリノ編集部
キャンパスの東南方向の一画にある福澤記念公園は、大学をこの地に移した際に、諭吉の邸宅となった場所です。
1874〜5年(明治7~8)頃に建てられた邸宅には、1901年(明治34)2月3日、諭吉が脳出血で亡くなるまで居住していました。
諭吉亡きあと、遺徳を顕彰して「福澤諭吉終焉之地記念碑」を建立する際に、諭吉が青春を過ごした適塾の中庭にあった藪蘭が、一部移されたそうです。

まだまだある諭吉ゆかりの地

諭吉も贔屓にしていた「津国屋」

津国屋

津国屋

via 撮影:ユカリノ編集部
諭吉が贔屓にし、自らお酒を買い求めに訪れたというお店が現存します。それが慶応義塾大学の正門からすぐそばにある「津国屋(つのくにや)」です。
1868年(明治元)、高輪の津国屋本店から分家して創業したという津国屋。明治期の風情を残す木造2階建ての建物は1893年(明治26)に建てられたもので、軒先が前面に大きく張り出した造りは「出桁(だしげた)造り」と呼ばれています。
昼はボリューム満点のランチが、夜は日本各地の銘酒が楽しめる飲食店として人気を博しています。お酒が相当好きだったという諭吉。当時に思いを馳せながら一献、いかがでしょうか?

甘党はこちら!「学問のすゝめ」最中

文銭堂本舗 三田店

文銭堂本舗 三田店

via 撮影:ユカリノ編集部
應義塾大学東門の隣り、福沢諭吉の看板が目印の「文銭堂本舗」。
こちらでは、諭吉の著作『学問のすゝめ』をモチーフに作られた、手付け最中「学問のすゝめ」が販売されています。1箱に最中8個分の皮と、餡(缶入り)が入っていて、竹べらで餡をすくい、自分で作っていただくというもの。いつでも作りたての香ばしい食感が楽しめます。
ゆかりの地めぐりのお土産にぴったりですね!
手付け最中「学問のすゝめ」

手付け最中「学問のすゝめ」

今回は、慶應義塾大学を中心に、福沢諭吉ゆかりの地をご紹介しました。
学生や受験生の方はもちろん、大人の方も学生時代に思いを馳せながら訪ねてみてはいかがでしょうか。
また三田キャンパスは、もともと島原藩の中屋敷があった場所ですが、周囲には、赤穂浪士らが切腹した松山藩の中屋敷(現在はイタリア大使館)や、会津藩の下屋敷などもありますので、お時間のある方はぜひめぐってみてください。
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