三好長慶の銅像がゆかりの地・大阪府大東市に誕生!
2017年10月30日 更新

三好長慶の銅像がゆかりの地・大阪府大東市に誕生!

戦国時代、あの織田信長よりも前に天下を取ったといわれるのが戦国武将・三好長慶(ながよし)。長慶晩年の居城・飯盛城があった大阪府大東市で、彼の銅像が市役所正面に完成。2017年10月28日、記念式典が行われ、関係者ら約200人が郷土の戦国武将の再現を祝いました。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

最盛期の勇ましさを再現した三好長慶の像

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三好長慶公の銅像は、大東ロータリークラブが創立50周年の記念事業の一つとして大東市に寄贈、設置したもの。
歴史学者の天野忠幸氏(天理大学准教授)の監修のもと、歌川芳虎筆「大日本六十余将」の三好長慶像を参考にして製作されたというこの銅像。三好長慶および飯盛城を中心とした大東市のまちづくりの新しいシンボルとしていきたいという思いから市役所の前に設置されました。

原型は、山口県下関市にある高杉晋作像や山縣有朋像も手掛けた彫刻家・奈部雅昭氏が製作。高さは約1.5m、幅約1m。甲冑姿の長慶が出陣の号令を掛ける姿は、最盛期の凛々しさや躍動感、勇ましさを表しています。
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三好長慶公には特別住民票も贈呈

三好長慶公には特別住民票も贈呈

via 大東市
除幕式では、銅像設置を記念して三好長慶公を大東市の特別住民に認定し、特別住民票の贈呈も。また、地元市民で構成される「三好甲冑隊」による殺陣演舞の披露や、武将姿にコスプレして銅像と一緒に写真撮影を行う市民の姿も見られました。
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信長に先駆けた天下人!三好長慶

三好長慶像

三好長慶像

1522年、阿波国(徳島県)で守護代三好元長の嫡男として生まれた長慶。室町幕府の管領・細川晴元に10代から仕え、若くして頭角を現すと、足利将軍や管領を京都から放逐。畿内の実権を握って、1560年飯盛城に入城しました。
また、堺を拠点に豪商や琉球の禅僧とのつながりを生かし独自の海外交易ルートを確立。あの織田信長よりも先に鉄砲を戦場で用いたり、キリスト教を積極的に保護するなど、数々の先進的な政策から「信長に先駆けた天下人」とも評されています。

長慶の拠点となった飯盛城

飯盛山より大阪市街を望む

飯盛山より大阪市街を望む

via 大東市
大東市は河内地方のほぼ中央に位置し、古代より大阪と京都、奈良を結ぶ交通の要衝として栄えてきた地域。市東部の生駒山系の北端部に位置する大規模な山城・飯盛城は、畿内を制覇した三好長慶が1560年に居城と定め、その全盛期を支えた拠点でした。
長慶は連歌や茶の湯にも優れた教養をもつ文化人としても知られており、飯盛城ではたびたび連歌会も行われていたそうですよ。

2017年には続日本100名城にも選定されています。

長慶イベント盛りだくさんの大東市

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