【王様は芥川龍之介!?】文豪たちが集った田端文士村がアツすぎる
2018年7月24日 更新

【王様は芥川龍之介!?】文豪たちが集った田端文士村がアツすぎる

7月24日は芥川龍之介の命日「河童忌」です。芥川が晩年を過ごした地・田端は、「田端文士村」と呼ばれ文豪が集い、交流の場となっていたことをご存知でしょうか。今回は田端文士村と芥川、そして彼と交流を持った文豪たちとのエピソードをご紹介しましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

『詩のみやこ』といわれた田端文士村

明治時代は静かな農村だった東京・田端。しかし、上野に東京美術学校(現・東京芸術大学)が開校されると、次第に芸術家が住む街となりました。
当初は画家の小杉放庵や陶芸家の板谷波山らが集まっていたのですが、波山の親友や弟子と交流を持った芥川龍之介、室生犀星らが移住し、文士村が形成されたようです。
文士村の中心にいた芥川龍之介

文士村の中心にいた芥川龍之介

大正3(1914)年、田端に引っ越してきた芥川は、この後「羅生門」や「鼻」など代表作を発表。これが夏目漱石の絶賛を浴びたため、多くの文士の注目を集め、彼らも田端へと足を運ぶようになったのでした。

芥川の書斎には、多くの文人や芸術家が集い、この様子を見た室生犀星曰く「田端は賑やかな詩のみやこ」であり、文士村の「王様は芥川龍之介」だということでした。他にも、菊池寛や堀辰雄らも一時居住していたといいます。

文士村からは多くの雑誌も創刊され、まさに明治末期から大正時代へかけての文学の黄金期が築かれたのでした。

文士村でのエピソード

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芥川・室生と親しかった萩原朔太郎
芥川龍之介と室生犀星は親友であり、互いの家を行き来していました。そこに、室生の親友である詩人・萩原朔太郎が加わり、3人はとても人間臭いエピソードを残しています。

芥川は萩原の詩を「未完成の芸術」と評しました。しかし、ある朝突然、寝間着のまま萩原の家に飛び込んでくると、「寝床できみの詩を読んだらあまりに感動して、一直線にここまで来てしまった」と言ったそうです。萩原は芥川を「聡明」な「理智の人」であり「礼節の人」と評していましたが、この時ばかりは違ったようですね。
また、室生と萩原、芥川についてのこんなエピソードもあります。
雑誌の出版記念会で演説した萩原に対し、岡本潤という詩人がヤジを飛ばしました。その後、岡本が萩原に近寄るのを見ていた室生は、萩原が暴行されると思い込み、椅子を振り回して飛んできたのだそうです。
後日、芥川は室生に送った手紙に「椅子をふりまはせ 椅子をふりまはせ」と茶目っ気たっぷりに書いています。

田端文士村記念館の企画展示が見逃せない!

田端文士村記念館

田端文士村記念館

via 提供:田端文士村記念館
現在、田端文士村記念館では「田端に集まる理由(ワケ)がある~芥川龍之介が王様!?大正時代の文士村」という企画展が開催中。田端文士村の最盛期である大正時代に焦点をあて、芥川と室生がやり取りした手紙や原稿などが展示されています。

ここには芥川が住んだ当時の家の復元模型(30分の1)や、他にも文士村ゆかりの文豪や芸術家についての展示が随時行われています。しかも、なんと入場は無料です。
芥川邸復元模型(30分の1)

芥川邸復元模型(30分の1)

via 提供:田端文士村記念館
田端文士村記念館開館25周年記念展 第2弾企画展「田端...

田端文士村記念館開館25周年記念展 第2弾企画展「田端に集まる理由(ワケ)がある ~芥川龍之介が王様!?大正時代の文士村」

期間:平成30年5月15日(火)~平成30年9月23日(日)
※入場無料
企画展は9月23日まで開催されています。
田端でのゆかりの地めぐりも兼ね、ぜひとも時間を見つけて訪れてみてください。

(xiao)
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