【幕末の四賢侯】土佐藩主・山内容堂ゆかりの高知県高知市を巡る
2017年5月31日 更新

【幕末の四賢侯】土佐藩主・山内容堂ゆかりの高知県高知市を巡る

幕末維新から150年という節目の時期を迎え、全国で様々な歴史イベントが開催されていますが、高知県も博物館がオープンしたりイベントが開催されたりと、大変な盛り上がりをみせています。高知といえば「土佐四天王」と呼ばれる坂本龍馬・中岡慎太郎・武市半平太・吉村寅太郎が特に有名ですが、今春オープンした「高知県立高知城歴史博物館」は、土佐藩主・山内家の歴史資料や大名道具の充実ぶりが物凄いのだとか。そこで今回は幕末に活躍した土佐藩主・山内容堂についてご紹介します。

重久直子重久直子

土佐藩主・山内容堂とは?

山内容堂(高知県立歴史民俗資料館所蔵)

山内容堂(高知県立歴史民俗資料館所蔵)

晩年は酒と女と作詩に明け暮れる豪奢な生活を送りました。
土佐藩第15代藩主・山内容堂といえば、「鯨海酔候」と称し、「鯨が泳ぐ土佐の海の酔っぱらい殿様」と自嘲したお酒好き。NHK大河ドラマ「龍馬伝」(2010年)での近藤正臣さんの演技を思い出す方も多いのではないでしょうか?実際の容堂公も酒と女を愛する豪快な人物。お酒は1日に三升(約5.4リットル)も飲んだそうですよ。

しかしそこは島津斉彬・松平春嶽・伊達宗城と並んで、幕末の「四賢侯」と讃えられたお殿様。ただの酔っ払いではありません。勝海舟からは「天資豪宕(天性の豪快さと愛情)、襟懐酒落(心の中は洒落ている)、真の英雄の資を備えていられた」と評される程の豪傑でした。

また、容堂は身の丈五尺六寸(約170cm)。史書を読み、詩作を愛し、剣は無限流、馬術は源氏古流、居合は長谷川流。特に馬術と居合の腕前はなかなかのものだったそうで、お殿様なのに籠に乗ることを嫌い、戦国大名のように自ら馬で駆けまわるのを好んだとか。

その容堂公が詠んだ漢詩があります。
蕃船は、浮城と号す
火輪、鳥翼を張り
能く万里の波を破って
吾が日出の国に来る
聞くならく、五大洲
富強、阿墨を推す
戸口、日に滋蔓(じまん)し、
その国南北に分かつ
アメリカから来た黒船を、「海に浮かぶ城」と詠んでいますが、黒船に対する脅威がよく分かりますね。

土佐藩初代藩主は山内一豊

高知城公園にある山内一豊像

高知城公園にある山内一豊像

via 撮影:ユカリノ編集部
土佐山内家の藩祖は、NHK大河ドラマ「功名が辻」(2006年)でも有名な山内一豊。ドラマでは上川隆也さんが演じ、仲間由紀恵さんが演じた妻・千代と、一国一城の主を目指す夫唱婦随ぶりが評判になりました。

関ヶ原の戦いでの功名により、掛川5万9千石から土佐24万石の藩主となった山内家。
一方、坂本龍馬や中岡慎太郎、武市半平太や吉村寅太郎の先祖は、それまで土佐を治めていた長宗我部氏の臣下にあたるため、同じ土佐藩の武士でも身分の低い下士(郷士)として扱われました。

逆境の中から這い上がってきた下士出身の「土佐四天王」も魅力的ですが、山内容堂も土佐人らしい魅力に溢れたお殿様だと考えられています。

現存十二天守のひとつ・高知城

高知城

高知城

日本100名城のひとつでもあります。
via 撮影:ユカリノ編集部
関ヶ原の戦いの翌年、慶長6(1601)年より土佐藩祖・山内一豊によって改修された高知城。一豊が築いた天守や本丸御殿は、享保12(1727)年の火災で焼け落ちてしまいましたが、寛延2(1749)年に再建されました。

明治維新後も廃城令や高知大空襲の戦災から逃れ、四重六階の天守や本丸御殿、追手門が現存、国の重要文化財に指定されています。

天守は南北に破風があり、東西に唐破風をつけた安土桃山時代の様式。最上階には周囲を見渡せる高蘭があり「望楼型天守」と呼ばれています。
容堂公は高知城下で生まれ育っており、誕生の地には石碑が建てられています。

山内容堂と大政奉還

山内容堂といえば、将軍・徳川慶喜に「大政奉還」を建白したことで有名です。

薩摩藩や長州藩は「徳川幕府を倒して新しい政権を樹立しなければ、日本を外国の脅威から守ることができない」と考えますが、容堂公は徳川家を倒すのには反対でした。そこで徳川慶喜に、自ら政権を朝廷に返上する「大政奉還」をすすめます。

「大政奉還」によって徳川家も攻められず、新政府も樹立することができ、そして国内戦争も起きません。そしてこの案を容堂公が建白することで、今後の土佐藩の発言力も強くなります。まさに良いことずくめ。

この案を容堂公に伝えたのは土佐藩の重役・後藤象二郎ですが、原案を練ったのは坂本龍馬だと言われています。さらにその龍馬に影響を与えたのは、勝海舟、大久保一翁、横井小楠といった、幕府や他藩の見識ある面々だったといわれています。
30 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

重久直子

重久直子

歴史ライター&シナリオライター。歴史系ウェブサイトや歴史雑誌に原稿を寄稿したり、映画やドラマに関する活動をしています。幕末や戦国時代、会津や土佐、鹿児島、北陸、出雲、澁谷、神社などに特に興味があります。歴史を知ると自分のことも誇れるようになると思います。そして自分や自分の祖先、そして住んでいる町のことも、もっと好きになると思います。祖先達が見てきた様々な時代を、祖先達から受け継いだ自分の細胞、一つ一つで感じていきたいと思っています。

関連する記事 こんな記事も人気です♪

坂本家ゆかりの刀剣『陸奥守吉行』が10月7日(土)から龍馬歴史館で初公開

坂本家ゆかりの刀剣『陸奥守吉行』が10月7日(土)から龍馬歴史館で初公開

創造広場「アクトランド」(高知県香南市)内にある龍馬歴史館で、平成29年10月7日(土)~平成30年1月14日(日)まで開催する坂本龍馬企画展の第3弾「坂本龍馬 維新への軌跡とその想い」において、目玉展示の一つとして坂本家ゆかりの刀剣『陸奥守吉行』が初公開されます。
長宗我部元親がひとり気を吐く四国の銅像事情[ニッポン銅像探訪記 第10回:四国の名城]

長宗我部元親がひとり気を吐く四国の銅像事情[ニッポン銅像探訪記 第10回:四国の名城]

めでたく、本連載も10回目を迎えることができました。読者のみなさま、全国の銅像ファンのみなさま、いつもありがとうございます! そこでこれまでの連載を見返していたのですが、なんと第1回の龍馬(高知編)以降、四国の銅像を1体も取り上げていないことが発覚!これは四国の読者と銅像に対して失礼です。そこで今回は「名城と英雄像」シリーズの第2弾として、四国のお城を巡って行きましょう。
土佐の出来人といえば!高知県にある戦国武将・長宗我部元親ゆかりの地

土佐の出来人といえば!高知県にある戦国武将・長宗我部元親ゆかりの地

今年人気の四国旅行。温暖な気候と、温泉や各県の美味しい名産品もあり行きたくなる要素満載なんです。なかでも歴史好きにとって四国といえば土佐の戦国大名・長宗我部元親は外せませんよね。「土佐の出来人」として有名な元親ゆかりの地をご紹介します。
【「新政府綱領八策」も展示!】没後150年記念特別展「龍馬がみた下関」が10/14より開催

【「新政府綱領八策」も展示!】没後150年記念特別展「龍馬がみた下関」が10/14より開催

土佐出身でありながら、活動の場を広く藩外に求めた坂本龍馬。特に下関には「薩長同盟」や高杉晋作とともに戦った「小倉口の戦い」など歴史的事件から、下関を拠点とした新規事業を計画するなど、龍馬にとって重要な地であったとされます。今回は没後150年を記念して、下関市立歴史博物館で開催される「龍馬がみた下関」の見どころとともに、龍馬と下関の人々との交流、その足跡を紹介します。
大河ドラマ「西郷どん」の主要人物揃い踏み!【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】第3回:西郷隆盛ゆかりの地・鹿児島

大河ドラマ「西郷どん」の主要人物揃い踏み!【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】第3回:西郷隆盛ゆかりの地・鹿児島

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する「小栗さくらがゆく!幕末維新のみち」。第3回は西郷隆盛が生まれた薩摩こと鹿児島。今回は西郷の前半の人生に焦点をあて、ゆかりの地をご紹介します。大久保利通、島津斉彬など、西郷と深く関わりのあった人物も続々登場。来年の大河ドラマ「西郷どん」を前に、ますます盛り上がること必至。ひと足お先に予習しちゃいましょう。
  • 地域(場所)から記事を探す
  • 大河ドラマ ゆかりの地 特集
  • 銅像記事特集
  • 御朱印記事特集
  • ユカリノとは
twitter facebook