理由は佐々木小次郎の出生地にあり?巌流島の戦いに隠された真実に迫る
2018年3月1日 更新

理由は佐々木小次郎の出生地にあり?巌流島の戦いに隠された真実に迫る

宮本武蔵と佐々木小次郎による「巌流島の決闘」。その真相は、いまだ多くの謎に包まれています。しかし佐々木小次郎ゆかりの地とされる福岡県添田町では、その出生から新たな見方が強まっています。巌流島の決闘が行われた本当の理由とは…?歴史的剣豪・佐々木小次郎の知られざる真実に迫ります。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

遅刻はウソ?小次郎を倒したのは?「巌流島の戦い」の真実とは

巌流島の決闘

巌流島の決闘

佐々木小次郎といえば、宮本武蔵との巌流島での決闘(1612年)で有名な剣豪のひとり。
巌流島に遅れてやってきた宮本武蔵に「遅いぞ武蔵!」というお馴染みの名シーン、映画やドラマで一度は見たことがあるのではないでしょうか。

このシーンは、吉川英治氏の小説『宮本武蔵』がベースとなっており、吉川氏の小説も巌流島の決闘から約140年後に書かれた『二天記』という書物が基とされています。
しかし、決闘に関する最も古い記述である武蔵の養子・伊織が建てた『小倉碑文』には「両雄同時に相会す」と記されており、実は武蔵が遅刻していないことになっているのです。
しかも武蔵本人の著書では、巌流島の件はまったく書かれていません。
通説の巌流島の決闘のイメージとはちょっと違いますよね?

実は、他にもイメージを覆すこんな話があります。
今まで小次郎は武蔵と一対一の決闘で、武蔵の一撃により絶命したとされてきました。
しかし、細川藩家老の門司城代・沼田延元の記録をもとに子孫が寛文12年(1672年)にまとめた『沼田家記』によると、実は小次郎を死に至らしめたのは武蔵ではなかったというのです。

家記にはこのように書かれています。
豊前と長門の間(関門海峡)のひく島(巌流島)で、双方弟子は一人も連れてこないよう約束し、試合を行ったが、小次郎が打ち殺されてしまった。小次郎は約束通り弟子は一人も来なかったが、武蔵の弟子は隠れていた。小次郎はその後蘇生したが、武蔵の弟子たちに殺された。この事が小次郎の弟子たちに伝わり、武蔵を討とうと大勢で島へ向かった。武蔵は門司へ渡り、延元様を頼りに助けを求めたので、城中にかくまい、武蔵は難を逃れる事ができた。その後武蔵を石井三之丞という馬乗りに鉄砲の者をつけて無事に豊後へ送り届け、無二斎(武蔵の父)に渡した。(※要約)
via 『沼田家記』
つまり『沼田家記』によると、決闘後小次郎がまだ生きていたところを、武蔵の弟子たちが殺したというのです。一方の武蔵は、門司城にかくまわれ、馬と鉄砲までつけて豊後へ送り届けられるというVIP待遇‥。
これが本当なら、単なる武芸者同士の決闘ではなさそうですよね。
武蔵は当時、義父・無二之助が逗留していた豊前に来て、門司で二刀兵法の師範となっていました。そして小次郎は、小倉藩の剣術師範という要職にありました。
小次郎が非業の死を遂げた報せを聞いた門下生たちが武蔵討伐に動き出した矢先、延元がいち早く武蔵を逃がした、というわけです。

「この延元の武蔵に対する取扱いは明らかに不自然。当時藩に何らかの事情があったのでしょう」と語るのは、添田町の文化財専門委員長・梶谷さん。

もしもこの決闘が藩の謀略だったとしたら? なぜわざわざ決闘という方法で小次郎を始末しなければならなかったのでしょう?
そこで見えてくるのが、豊前岩石城を居城としていた佐々木一族との接点なのです。

巌流島の戦いの背景には、小次郎の出生地・豊前添田が関係していた?

岩石山

岩石山

標高454mの山頂に立つと、眼下に添田町の全景が広がります。この山頂の直下にあるのが、岩石城址です。
via 写真提供:添田町
出生地についても、越前や長州など諸説ある佐々木小次郎。
そんななか近年有力だとみられているのが、鎌倉時代より豊前の地頭として福岡県添田町を治めていた佐々木一族の出身とする説です。
豊前で佐々木姓を名乗る豪族は、添田町の佐々木家のみ。この佐々木一族こそ、小次郎を生んだ家系であるとみられているのです。

当時この地は英彦山を中心とする修験道が栄興を極めた時代。英彦山の麓に位置し、佐々木一族が治める岩石山もまた英彦山の配下にありました。
岩石山の山頂にある国見岩

岩石山の山頂にある国見岩

よく見ると梵字が刻まれており、ここが修験の地だったことが伺える。
via 写真提供:添田町
「小次郎は彦山の山伏から兵法を学び、岩石城にちなんで自らの兵法を“岩流”と命名したと言われています。このことは天明2年(1782年)の佐々木巌流兵法伝書(英彦山高田家文書)などで伺い知ることができます」と梶谷さん。

その後、小次郎は剣術の腕を見込まれ細川家の兵法指南役に召し抱えられます。しかし依然として佐々木一族は英彦山を背景とした勢力で藩を脅かす存在だったのです。

そこで考えられるのが、一族を懐柔するため小次郎を仕官させたものの、小次郎自身の力が大きくなるのを恐れた藩が、その抹殺を考えた…それが「巌流島の決闘」だったのでは?という説。
そうだとしたら、延元が護衛をつけてまで武蔵を保護したり、武蔵がこの決闘について語らなかったことにも納得がいくような気がします。(ちなみに武蔵自身は試合に隠された陰の狙いを一切知らずに決闘に臨んだのだそう。)
事実、小次郎の死後、佐々木一族は小倉藩により排斥され、一族全員が刀を置いています。

気になるこの説、皆さんはどう思われますか?
英彦山の花駅山伏文化財室には宮本伊織の書簡が展示されている

英彦山の花駅山伏文化財室には宮本伊織の書簡が展示されている

via 撮影:ユカリノ編集部

小次郎ゆかりの地・添田町の歴史をたどるモニターツアー開催

福岡県添田町にある霊山・英彦山

福岡県添田町にある霊山・英彦山

via 写真提供:添田町
巌流島の決闘につながる小次郎出生地の謎。歴史を紐解けば、まだまだ小次郎に関する新発見がありそうですね。
添田町では3月17、18日に歴史好きのためのモニターツアーを開催。佐々木小次郎出生説についてはもちろん、英彦山神宮での正式参拝や宿坊・岩石城の見学、山伏衣装体験などここでしかできない貴重な企画盛りだくさん。気になる方は、ぜひ一度小次郎ゆかりの地・添田町を訪れてみませんか?
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