加藤神社、本妙寺、覚林寺…御朱印で巡る加藤清正ゆかりの地
2018年7月25日 更新

加藤神社、本妙寺、覚林寺…御朱印で巡る加藤清正ゆかりの地

7月25日は加藤清正の誕生日。清正は秀吉の子飼いの将として武功を立て、最後は熊本藩の初代藩主になりました。勇猛果敢な武将として有名で、信長亡きあとの織田家の覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」では七本槍に数え上げられています。「虎退治」や片鎌槍など、猛将らしいエピソードも枚挙にいとまがありません。また、お城好きには「築城名人」としても有名なのではないでしょうか? 今回はそんな清正ゆかりの御朱印をご紹介します。

みのうち社みのうち社

清正を祀った加藤神社(熊本県)

加藤神社本殿

加藤神社本殿

via 撮影:みのうち社
熊本出身の歴史好きの方に話を訊くと清正公への尊敬の念が深く、現代においても現地の人にとってかけがえのない「お殿様」であることがうかがえます。
天正14年(1586)、清正は秀吉の命を受け小西行長と土地を二分し熊本を統治します。元々隈本と呼ばれる土地でしたが、清正はこれを熊本に改名しました。
熊本の領主になった清正は土木・治水工事に力を入れ、民衆から絶大な支持を受けます。熊本の発展につながる偉業を成し遂げた清正。それゆえに現代においても支持されているのですね。

加藤神社はそんな清正を祀った神社。熊本城天守の北に位置しており、境内から熊本城天守を眺めることも可能です。こじんまりとしていますが、緑に囲まれてすがすがしい空気が漂っています。
清正公の旗立石

清正公の旗立石

境内のいたるところに清正ゆかりのものが置かれているのでチェック!
こちらは文禄の役の記念として明治42年に肥前名護屋城(佐賀県)から移したものです。この穴に旗印を立てたのでしょうか?
via 撮影:みのうち社
虎の記念碑

虎の記念碑

清正と言えば虎退治。文禄・慶長の役において朝鮮に渡った清正は、現地に出没する人食い虎を退治すべく自身の片鎌槍を振るい、見事に退治したといいます。この記念碑は27歳で熊本に入ってから400年にあたる昭和63年に建立されたものです。
via 撮影:みのうち社

「片鎌槍」と「虎」がポイント!加藤神社の御朱印

撮影:みのうち社 (22438)

via 撮影:みのうち社
右に「庇護総鎮護」、中央に「清正公(せいしょこ)」の文字が書かれています。中央下の朱印には清正を象徴する「片鎌槍」と「虎」が描かれていますね。THE清正の御朱印!という印象です。
加藤神社の御朱印帳

加藤神社の御朱印帳

加藤神社を訪ねたら絶対に手に入れたいオリジナル御朱印帳。表は加藤神社の鳥居とその奥の本殿with熊本城。裏は虎退治をする清正の様子が描かれています。カッコいいの一言!
via 撮影:みのうち社

清正の墓所がある本妙寺(熊本県)

浄池廟拝殿

浄池廟拝殿

via 撮影:みのうち社
熊本城から九州新幹線を挟んで北西に位置する肥後本妙寺。日蓮宗に深く帰依していた清正が父の清忠公の追善のために創建したお寺です。
胸突雁木

胸突雁木

via 撮影:みのうち社
本妙寺の境内はとにかく広い!
まず一番手前の仁王門をくぐると、真っすぐに伸びた一本道がお出迎え。道を進んでいくと胸突雁木と呼ばれる石灯籠が並んだ長い石段があります。まさに胸を突く急こう配。暑い季節は熱中症対策を。しんどい坂道ですが、後ろを振り返ると、素敵な熊本市内の景色を眺めることができます。
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みのうち社

みのうち社

歴史好きなイラストレーター&ライター、デザイナー、編集者の3人組。 武将の城や偉人の史跡、神社仏閣、美術など、身近にあるものでも最大限に楽しめる「歴史エコ」な情報を発信していきたいと思います。 今後は、各種イベントや本の企画など、歴史にまつわる仕事をしていく予定です。よろしくお願いします! 公式

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