位牌で歴代将軍の身長が判明?徳川家の菩提寺・大樹寺(愛知県岡崎市)
2018年4月9日 更新

位牌で歴代将軍の身長が判明?徳川家の菩提寺・大樹寺(愛知県岡崎市)

徳川将軍家の菩提寺といえば、東京の上野にある寛永時と、同じく芝の増上寺ですが、愛知県岡崎市にある大樹寺も菩提寺であるのをご存知でしょうか。徳川家の先祖にあたる松平家の墓も安置されているこの寺には、歴代将軍の身長がわかってしまうあるモノが祀られているのです。家康とのゆかりも深い名刹についてご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

松平家と徳川将軍家の菩提寺・大樹寺

大樹寺

大樹寺

via 写真提供:岡崎市
大樹寺は、文明7年(1475)、松平家の4代当主・親忠によって創建された浄土宗の寺院です。
その名前にある「大樹」とは「征夷大将軍」の唐名(中国風の名称)で、将来、松平家から将軍が誕生することを祈願して名づけられたと伝えられています。

天文4年(1535)には7代当主・清康によって、東海地方随一の美しさと称えられる多宝塔が建立され、現在では国の重要文化財に指定されています。
7代当主・松平清康

7代当主・松平清康

清康は家康の祖父にあたります。

家康の馬印になった「厭離穢土欣求浄土」の由来

徳川家康銅像

徳川家康銅像

家康が生まれた岡崎城にある銅像。
via 写真提供:岡崎市
親忠により松平家の菩提寺とされた大樹寺には、家康の父にあたる広忠まで松平家8代の墓が置かれていますが、この寺には、家康の命を救ったという言い伝えも残されています。

それは永禄3年(1560)に起こった桶狭間の戦いで、今川義元が織田信長によって討ち取られ、今川軍が敗走したときのことです。

このとき今川軍の先陣を任されていた19歳の松平元康(のちの徳川家康)は、織田軍の追手を逃れて大樹寺に逃げ込みましたが、前途を悲観し、先祖の墓の前で自害しようとしました。
しかし、住職であった登誉天室(とうよてんしつ)から、太平の世を目指す「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」という教えを説かれたことにより、生き延びて天下を平定し、平和な世を築くことを決意。以来、この言葉を馬印として掲げたといわれています。
大樹寺の本堂にも「厭離穢土欣求浄土」の文字が掲げられて...

大樹寺の本堂にも「厭離穢土欣求浄土」の文字が掲げられています。

via 写真提供:岡崎市

位牌の高さが将軍の身長!?

大樹寺にある徳川家康の霊廟

大樹寺にある徳川家康の霊廟

via 写真提供:岡崎市
家康はその死に際して、「遺体は駿河・久能山に葬ること、葬礼は江戸・増上寺で行うこと、位牌は三河・大樹寺に立てること」という遺言を残しました。
これに従い、家康の位牌は大樹寺に祀られましたが、江戸幕府の歴代将軍の位牌についても、家康と同じく祀られています。
大樹寺の位牌堂

大樹寺の位牌堂

現在、寺の位牌堂には、正面右手に歴代の松平家当主の位牌、正面左手には15代将軍・慶喜を除く歴代将軍の位牌が並んでいますが、後者の位牌にはある特徴があります。その特徴とは、位牌ごとに高さが異なっているのです。

実は、大樹寺に安置されている歴代将軍の位牌の高さは、それぞれ将軍の臨終時の身長に合わせて作られたといわれています。

身長が最も高いのは2代・秀忠、低いのは5代・綱吉で124cm!?

【大樹寺にある歴代将軍の位牌の高さ】

初代・家康:159cm
2代・秀忠:160cm
3代・家光:157cm
4代・家綱:158cm
5代・綱吉:124cm
6代・家宣:156cm 
7代・家継:135cm(満6歳で死去)
8代・吉宗:155.5cm(身長は6尺(約180cm)あったともいわれる)
9代・家重:151.4cm
10代・家治:153.5cm
11代・家斉:156.6cm
12代・家慶:153.5cm
13代・家定:149.9cm
14代・家茂:151.6cm
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