郷土愛のシンボル! 桜の季節にみちのくの名城&英雄像めぐり「ニッポン銅像探訪記 第5回:東北の名城」
2017年4月11日 更新

郷土愛のシンボル! 桜の季節にみちのくの名城&英雄像めぐり「ニッポン銅像探訪記 第5回:東北の名城」

前回は江戸城(皇居)周辺の銅像を紹介しましたが、お城に銅像という組み合わせは、日本人の深層倫理に訴える原風景のようです。例えるなら、田園の中にたたずむ水車、または古い神社にそびえる一本杉のような景色なのです。今回から不定期で、各地域の名城とそこに立つ銅像を訪ねる「名城と英雄像」シリーズがスタート。第1弾は東北をご案内。せっかく桜の季節なので、北上する桜前線とともに、北へ向かって城と銅像をめぐっていきましょう。

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

会津魂が秘められたもんぺ姿の八重像

県立博物館の入り口付近に立つ新島八重像

県立博物館の入り口付近に立つ新島八重像

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
まずは福島県。福島を代表する名城といえば、会津若松城の名が真っ先に挙がります。地元では「鶴ヶ城」の名で親しまれるこの城は、戊辰戦争では苛酷な会津戦争の舞台となりました。2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』で、スペンサー銃を手にして戦う、勇ましくも可憐な綾瀬はるかさんの姿を記憶している人も多いことでしょう。
会津若松城では、例年4月中旬頃に開花となる。日本で唯一...

会津若松城では、例年4月中旬頃に開花となる。日本で唯一の赤瓦の屋根に桜色がよく映える

(写真:会津若松市観光課提供)
その綾瀬はるかが演じた新島八重の銅像が、会津若松城の三の丸跡、現在では県立博物館の駐車場入り口付近に立っています。最初に訪れたときは、「もっと城内の目立つ場所に設置すればいいのに」と思いましたが、ちゃんと謂れがありました。新政府軍の砲撃に耐えきれず、開城を余儀なくされて降伏したその夜、八重は三の丸の片隅で和歌を一首詠みました。その歌がこちら。「明日の夜は 何国の誰か ながむらん なれし御城に 残す月影」——慣れ親しんだ鶴ヶ城に浮かぶ月、でも明日はほかの国の誰かがこの月を眺めることになるのだろう——八重の無念さがひしひしと伝わってくる歌です。
スペンサー銃を手に持つ八重。高さ190cmと、等身より...

スペンサー銃を手に持つ八重。高さ190cmと、等身よりやや高い。銃の訓練や指導をしていたときの格好だろうか

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
除幕式の際、八重の像建設実行委員長からは「八重は困難を...

除幕式の際、八重の像建設実行委員長からは「八重は困難を乗り越え、前に進む県民の決意の象徴」というあいさつがあった

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
八重はこの和歌を、三の丸の塀に書き残したと伝えられています。八重像が三の丸に建立されたのには、ちゃんと理由があるのですね。近年は派手なポージングで人目を引く歴史人物像が多い中、銃を右手に持って凛と立つ八重の姿は、正直ジミ。だけどこの銅像は、会津魂の質実剛健さを象徴して姿なのでしょう。銅像を訪れると、内に秘めた悔しさ・歯がゆさや、そして郷土を慈しむ精神を感じることができます。
会津若松を代表する銅像といえるのが白虎隊像。写真は会津...

会津若松を代表する銅像といえるのが白虎隊像。写真は会津若松駅前の銅像で、レプリカを含めて市内でよく見かける

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

みちのくの“虎将”、最上義光が参る!

躍動感あふれる最上義光像。戦国ファンからの人気も高い

躍動感あふれる最上義光像。戦国ファンからの人気も高い

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
会津若松市から北上して山形へ。山形を代表する城といえば山形城、そして山形を代表する戦国武将といえば最上義光です。「東北の関ヶ原」と呼ばれた慶長出羽合戦で上杉景勝を退けた義光は、元々居城だった山形城を石垣の城へと大改修し、東北有数の規模を誇る大城郭へと変貌させました。

 義光の死後、しばらくして起こったお家騒動によって最上家は改易。鳥居忠政が城主となったのち、藩主は江戸時代を通じてコロコロと変わり続けました。もちろん、山形県民にとってそんな“ヨソ者”を認める気持ちにはなりようがありません。熊本城の城主は加藤清正、上田城の城主は真田昌幸・信之であるように、山形城の城主は誰が何といおうと最上義光しかあり得ないのです。
東大手門に面した外堀に咲く桜。山形新幹線からも確認できる

東大手門に面した外堀に咲く桜。山形新幹線からも確認できる

via photolibrary
そのことを雄弁に物語るのが、城内に立つ最上義光像。復元された二の丸東大手門をくぐると、ダイナミックな騎馬像の後ろ姿がすぐ目に飛び込んでいます。この像の特徴は、馬が後ろ足だけで立ち上がり、細い二本の足でバランスをとっているところ。設計と制作にあたっては、並々ならぬ苦労があったようです。
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滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

かみゆ歴史編集部は「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。最近の編集制作物に『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)、『歴史REAL 山城を歩く』(洋泉社)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』(学研プラス)、『廃城をゆく5〜戦国の城を極める!』など。代表の滝沢弘康は講演や講座、メディア出演も行う。 公式

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