新選組局長・近藤勇墓所と「新選組諸隊士供養祭」レポート
2018年4月24日 更新

新選組局長・近藤勇墓所と「新選組諸隊士供養祭」レポート

最期は板橋宿に連行され、斬首刑となった新選組局長・近藤勇。処刑の前日に移された場所には、近藤の墓とともに永倉新八による供養塔が建てられています。毎年、近藤の命日である旧暦4月25日または直前の日曜には供養祭が行われ、今年も4月22日(日)に開催されました。その模様と周辺にある近藤ゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

近藤勇最期の地・板橋宿

近藤勇

近藤勇

流山にて捕縛された近藤ですが、自ら出頭したともいわれています。
戊辰戦争において、幕府軍と共に闘っていた新選組は、会津行きに備え、下総国流山(現在の千葉県流山市)へ移動しました。
しかし新政府軍に包囲され、近藤は捕縛。新政府の東山道軍本営が置かれていた板橋宿本陣に連行されます。
この時近藤は「大久保大和」と名乗っていましたが、新政府軍側にいた元隊士により「新選組の近藤」と見破られてしまったのです。

監禁中、近藤の処置をめぐって土佐と薩摩の意見が対立したといわれています。
坂本龍馬の暗殺が新選組の仕業だと思っていた土佐は、厳重に処すべきと訴えたとか。
近藤は、切腹ではなく斬首となりました。
板橋宿 平尾脇本陣跡(東京都板橋区)

板橋宿 平尾脇本陣跡(東京都板橋区)

近藤が処刑される前々日(4月23日)まで監禁されていた場所。
via 撮影:ユカリノ編集部

多くの人が訪れる近藤勇墓所(東京都北区)

近藤勇墓所

近藤勇墓所

慶応4年(1868)4月25日、近藤は、板橋宿手前の平尾一里塚付近の刑場で斬首刑にされました。
首は京都の三条河原に晒されますが、胴体はこの周辺の無縁塚に埋められたともいわれています。

処刑の前日、近藤は現在の北区・滝野川にある石山亀吉邸に移されます。
石山は当時、寿徳寺の寺総代を務めており、処刑後にこの地を寿徳寺に寄進。のちに寿徳寺の境外墓地となり、近藤勇墓所となりました。
さらに明治9年(1876)、近藤勇や土方歳三のほか殉死した隊士の供養のために、永倉新八によって供養塔が建てられました。現在は「近藤勇と新選組隊士供養塔」として北区指定有形文化財に指定されています。

4月22日(日)に「近藤勇百五一回忌法要 新選組諸隊士供養祭」が開催

近藤勇墓所では、近藤の命日である旧暦4月25日または直前の日曜に毎年墓前供養祭が開催されており、今年も4月22日(日)に行われました。

供養祭の墓所

供養祭の墓所

供養塔の前には位牌と読経の準備がされ、いつもの墓所とは違う雰囲気に。地面に敷かれた青い布が、新選組の羽織に使用されていた浅葱色を彷彿とさせます。
via 撮影:ユカリノ編集部
時間になると寿徳寺のご住職とお坊さんが到着。読経が読み上げられます。
その後、関係者からお焼香が始まり、一般参加者へ。このように実際にお焼香ができる機会は貴重です。
寿徳寺のご住職らによる読経の様子

寿徳寺のご住職らによる読経の様子

via 撮影:ユカリノ編集部
お焼香の様子

お焼香の様子

多くの人がお焼香に参加する間、お坊さんによる読経が続きます。
via 撮影:ユカリノ編集部
お焼香が終わると関係者がご挨拶。
この日は、近藤勇の生家である宮川家第11代当主の宮川清蔵さんと、そのご子息の宮川清志さん、佐藤彦五郎新選組資料館館長の佐藤福子さん、京都からは新選組屯所・旧前川邸を所有する田野一十士さんも訪れていました。
撮影:ユカリノ編集部 (18428)

寿徳寺のご住職・新井京誉さん。
via 撮影:ユカリノ編集部
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