西郷×とんこつ、東郷×肉じゃが…偉人と肉料理のステキな関係
2017年2月9日 更新

西郷×とんこつ、東郷×肉じゃが…偉人と肉料理のステキな関係

皆さん、肉はお好きですか?歴史上の偉人たちと肉料理には、面白いエピソードが多数あるんです。そもそも昔の日本では肉食はタブーでしたが、そのパイオニアとなった人物は誰だったのでしょうか?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

加藤清正のおかげで熊本は馬肉王国となった!?

「馬刺しのカロリーは豚肉の半分でタンパク質は同じくらい...

「馬刺しのカロリーは豚肉の半分でタンパク質は同じくらいなんです」

馬肉は別名「桜肉」とも呼ばれ、見た目の美しさと栄養価の高さが注目されています。
そんな馬肉を最初に食べたのが、加藤清正だという説があるんですよ。
肥後熊本藩初代藩主・加藤清正

肥後熊本藩初代藩主・加藤清正

豊臣秀吉の子飼いの家臣で、賤ヶ岳の七本槍の一人。熊本では清正公さん(せいしょこさん)と呼ばれて親しまれています。
朝鮮出兵の際、清正の軍は食糧難に陥ってしまいました。そこでやむなく手を出したのが軍馬だったんだそうです。
清正は意外にもこの味にハマってしまい、国に戻っても馬刺しを食べていたと言われています。そのため、熊本には馬肉が広まり、今でも生産量が全国1位なんですよ。

ちなみに、戊辰戦争での負傷者にも馬肉を食べさせたそうで、会津地方でも馬刺しが有名なんです。

軍神・東郷平八郎が肉じゃがのルーツ!?

東洋のネルソンと呼ばれた東郷平八郎

東洋のネルソンと呼ばれた東郷平八郎

日露戦争でロシアのバルチック艦隊を打ち破った軍神・東郷平八郎が、肉じゃがを考案した人物だと言われていることをご存知でしょうか。

かつてイギリスのポーツマスに留学していた東郷は、そこで食べたビーフシチューにフォーリンラブしてしまいました。その味を忘れられず、帰国後に艦上食として作らせようとしましたが(こういうところはワガママなんじゃ・・・)、ワインやデミグラスソースもなく、料理長は東郷の話だけを頼りにビーフシチューを試作したわけです。

しかしそこででき上がったものは、どう見ても肉じゃがでした。
醤油と砂糖の味付けでしたし、おそらく東郷は「肉とジャガイモとニンジンが入っていた」なんて言ったのでしょうね。確かにこれでは美味しい肉じゃがができ上がりそうです。

というわけで、東郷が肉じゃがの考案者と言われるようになったのです。
しかし、当時すでにハヤシライスなどが洋食屋のメニューにはあったそうで、この話は俗説の域を出ません。
「原宿 東郷記念館で提供された東郷オリジナル肉じゃが」

「原宿 東郷記念館で提供された東郷オリジナル肉じゃが」

2014年から毎年東郷記念館で開催されている『東郷肉じゃがチャリティ』では、元祖・肉じゃがが味わえるそう。今年も12月頃にあるかもしれませんので要チェック!

西郷ら薩摩隼人が愛した「とんこつ」、ここでいただけます

「焼酎のおかげでとても肉がやわらかく仕上がります」

「焼酎のおかげでとても肉がやわらかく仕上がります」

「とんこつ」とはその名の通り「豚骨」ですが、ラーメンなどとは違い、豚の骨つきあばら肉を使った鹿児島の郷土料理のことです。
これをぶつ切りにして、味噌と黒砂糖、芋焼酎を入れてゆっくりと煮込んだものがとんこつなんです。飴色に煮込まれた肉は、豚の角煮のような雰囲気ですね。

豪快な作り方は、戦場で薩摩武士が作ったのがルーツとされているからなんですね。このとんこつは、西郷隆盛がこよなく愛し、いつも食べていたんだそうです。
黒豚が好きだった西郷隆盛。

黒豚が好きだった西郷隆盛。

豚骨が好物だったことが、愛加那の子孫によって『鹿児島の郷土料理』という書籍に載せられているそう。
そんな本場「とんこつ」が東京で食べられるお店をご紹介しましょう。
千駄ヶ谷の「鹿児島 本家 かのや」は、本土最南端の鹿屋市から黒豚や地鶏、野菜、醤油などを直送し、こだわりの食材で作った薩摩料理を提供しています。もちろん「とんこつ」もありますよ。
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