第12回:幕府の天才・小栗忠順が眠る東善寺(群馬県高崎市)【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】
2018年4月7日 更新

第12回:幕府の天才・小栗忠順が眠る東善寺(群馬県高崎市)【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第12回は幕臣・小栗忠順が最期を迎えた群馬県高崎市です。欧米で得た知識を用い、幕府に貢献するものの、最期は非業の死を遂げる忠順。その後功績が認められ、司馬遼太郎からは「明治の父」と称されました。そんな忠順の墓のある東善寺を中心にご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

東善寺境内

東善寺境内

via 提供:小栗さくら
小栗忠順と盟友・栗本鋤雲の胸像が並ぶ境内。その奥には、小栗父子と家臣たちのお墓が並んでいます。
実は境内には小栗父子のお墓がふたつ存在しているのです。ひとつは胸像の位置からも見える供養墓で、父子の両側には共に命を落とした家臣の墓も並んでいます。
小栗父子・供養墓

小栗父子・供養墓

右が忠順の墓、左が養子・又一忠道の墓です。

墓石を守るように立つ椿の花は「小栗椿」と呼ばれているもの。
忠順が江戸から取り寄せたものですが、椿が上州に着いた時には、彼の命はすでにありませんでした。
via 提供:小栗さくら
供養墓から更に登っていくと、忠順の胴体と、のちに取り返された首級が埋められた本墓があります。右隣には、忠順とともに処刑された家臣3人のお墓も・・・。
忠順好きにとって、胸が痛くなる場所のひとつです。
小栗忠順・本墓

小栗忠順・本墓

養子・又一の本墓は、高崎市下斎田の田口家墓地にあります。
via 提供:小栗さくら

夢のあと、小栗邸

小栗邸跡

小栗邸跡

via 提供:小栗さくら
東善寺から1km下手にある観音山。忠順はここに居宅の建設を始めました。
そして屋敷を中心にして私学校を作り、権田の人を教育してこの地を良くするという夢を抱いていたのです。
観音山小栗邸跡の碑

観音山小栗邸跡の碑

毎日のように工事を見に行っていた忠順は、アメリカ土産のコウモリ傘をさして訪れたこともあったようです。
via 提供:小栗さくら
また、忠順が引いた農業用水路「小高用水」は、いまだに「小栗様が引いてくれた水路」として守られています。
権田での忠順は、かつての敏腕奉行ではなく、村人と建設的に将来を歩もうとした殿様です。小栗邸は、第二の人生に想いを馳せた忠順の夢のあとのように思えます。

偉人小栗上野介、罪なくして此所に斬らる

忠順が処刑された水沼河原

忠順が処刑された水沼河原

当時を彷彿とさせるのどかな風景。
via 提供:小栗さくら
忠順が描いた夢は、突然の処刑という形で終焉をむかえます。
邸の工事を要害建設と疑われたり、砲台を築いたと書かれたり・・・様々な疑いで「逆謀あり」とされたのです。もちろんどれも事実とは異なる内容です。
小栗忠順の顕彰慰霊碑

小栗忠順の顕彰慰霊碑

忠順を慕う人々からの募金によって建てられた碑。
via 提供:小栗さくら
忠順の処刑は、一言の取り調べもないまま決定しましたが、彼は動揺も言い訳もせず、母と妻のことだけを頼んでその最期を迎えたのでした。

それから約60年後。忠順のことを忘れないようにと、村内外の募金によって水沼河原に碑が建てられました。その碑文の内容は「偉人小栗上野介 罪なくして此所に斬らる」。
短い言葉の中に、忠順を慕う人たちの悔しさや哀しみが感じられますよね。忠順好きにとって、ここは一番胸が締めつけられる場所ではないでしょうか。
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この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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