武将茶人って何者?へうげもの也!古田織部ゆかりの地まとめ
2018年8月9日 更新

武将茶人って何者?へうげもの也!古田織部ゆかりの地まとめ

2月28日は「織部の日」。慶長4(1599)年2月28日、豊臣秀吉の茶頭・古田織部が自ら焼いた茶器を用いて茶会を開いた記録があることから岐阜県が制定した記念日です。古田織部と言えば、「天下一の茶人」や「武将茶人」とも呼ばれています。そんな古田織部ゆかりの地をご紹介。今に残る織部の作品を見て、織部の生き様や作風に触れてみてはいかがでしょうか。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

古田織部肖像画

古田織部肖像画

古田織部は千利休の弟子として頭角を現わし、利休亡き後は豊臣秀吉の筆頭茶頭となり「天下一の茶人」と称されました。一方で、本名は古田重然(しげなり)といい、武将として各地を転戦した記録も残っています。

2代将軍・徳川秀忠の茶の湯の指南人にもなりますが、慶長20(1615)年の大坂夏の陣の際に、豊臣方への内通を疑われ切腹となります。切腹を命じられた原因のひとつに、織部の反骨精神があったとされていますが、その精神は「織部好み」として茶道具の製作や建築、作庭などに多大な影響を及ぼしました。
織部脚付角鉢(東京国立博物館蔵)

織部脚付角鉢(東京国立博物館蔵)

織部を知るなら「道の駅 織部の里もとす」

古田織部の生誕地である、岐阜県本巣市山口にある道の駅。敷地内にある織部展示館は、古田織部の紹介、織部焼の展示、また織部好みと呼ばれる茶室や茶道の紹介など、織部のすべてが詰まった展示館です。

入場無料で、駅も複数あり交通の便も良好。織部を知る入り口としてはもってこいの場所です。年末年始と毎週水曜日はお休みなので、お出かけの際はご注意を。
ちなみに道の駅には織部駅(樽見鉄道)が隣接していますよ。
根尾谷淡墨ザクラ

根尾谷淡墨ザクラ

本巣市といえば「日本五大桜」のひとつに数えられる根尾谷淡墨(うすずみ)ザクラも有名です。樹齢1500年以上のエドヒガンザクラですから、もしかすると織部も愛でたかも?

織部好みの真髄を伝える「古田織部美術館」

古田織部と織部好みを詳しく知りたいときは、京都市北区の古田織部美術館がおすすめ。織部焼と言われると緑釉のイメージが強いですが、それ以外の様々な展示物から「動的、大胆、自由」と評された織部好みの真の魅力を紹介しています。

常設展示に加えて、季節ごとに行われる展覧会も注目です。現在「平成29年 春季展 古田織部と慶長年間のかぶき者」〈会期:平成29年1月21日(土)~ 5月14日(日)>が開催中。初公開の織部好みの刀の地紋などみどころ満載ですよ。

古田織部の研究も精力的に行っていて、古田織部や茶の湯、戦国時代関連の書籍も多数発行・販売されています。
古田織部美術館 (2317)

写真提供:本巣市観光協会 (22929)

via 写真提供:本巣市観光協会
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