ペリー来航の地・浦賀で中島三郎助と偉人の軌跡をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第6回】
2018年7月27日 更新

ペリー来航の地・浦賀で中島三郎助と偉人の軌跡をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第6回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する「小栗さくらがゆく!幕末維新のみち」。第6回は浦賀。中島三郎助は浦賀奉行所の与力(役人)として、ペリーの来航時に黒船に乗り込み、折衝にあたった人物です。他にも、咸臨丸に乗ってアメリカに向かった勝海舟や、佐久間象山、吉田松陰など、幕末維新期に活躍した偉人のゆかりの地が残る、浦賀をご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

海舟が水垢離をしたと伝わる井戸

海舟が水垢離をしたと伝わる井戸

社務所の脇の道に弁財天があり、その右奥に井戸がありますよ。
井戸の水には、弁財天の手水舎で触れることができます。
via 提供:小栗さくら
頂上までの階段

頂上までの階段

頂上までは200段以上の階段を登ります!
ちょっと息が切れますが、この階段も縁を結ぶ階段だそうですので、いいことがあると思って登りましょう。
この明神山は、かつて浦賀城があった場所でもあります。
via 提供:小栗さくら
勝海舟断食の場

勝海舟断食の場

頂上、奥宮の左手に勝海舟断食の碑が建っています。
海舟は水垢離をしたあとに山上で断食したと伝わっています…が、「忙しい海舟にそんな時間はあったのか…?」という疑問もあるのだとか。
いずれにしても、航海の無事を祈願したのでしょうね。
via 提供:小栗さくら

佐久間象山と吉田松陰ゆかりの徳田屋

浦賀の渡し

浦賀の渡し

こちらも東西にあります。
via 提供:小栗さくら
浦賀の渡しからすぐの場所に、「徳田屋跡」があります。

浦賀は江戸湾警備の重要地点だったため、江戸後期には宿場ではないながらも旅籠の運営が許されました。そのうちの1軒が「徳田屋」です。
徳田屋跡

徳田屋跡

関東大震災まではその姿を留めていたという徳田屋。現在は碑が建っています。
via 提供:小栗さくら
黒船を見るために吉田松陰が泊まった徳田屋。ここで松陰は、師である佐久間象山とも会っています。2人は徳田屋の主人から情報を仕入れて、それをもとにペリー来航に対する策を協議したそうですよ。

また、桂小五郎が中島三郎助に造船技術を学びに来たときにもここに泊まっています。
当時徳田屋での飲食は庶民の憧れだったそうですから、彼らも徳田屋の食を楽しんだのかもしれませんね。

三郎助親子の墓所・東林寺

冒頭で紹介した中島三郎助は、11歳にして宝蔵院高田流槍術の目録を取得し、その後も天然理心流剣術目録、田付流砲術目録、北辰一刀流剣術目録、荻野流砲術免許皆伝を獲得。そのうえ、漢詩や和歌にも長けるという、文武両道のすごい経歴の持ち主なんです。
東林寺

東林寺

稲荷神社の向こうに見える階段を登っていきます。
via 提供:小栗さくら
ペリー来航前にも、異国船への砲撃や交渉で、幕府から褒美を与えられたほどの三郎助。そのせいか、ペリーが来た時も彼は肝が座っていました。

ペリーは相応の地位の者でないと対応しないとしましたが、三郎助は「自分は副奉行である」と偽って相手の要求を聞き出したのです。
その後、国書受理が久里浜で行われた際、アメリカ艦に招待された三郎助は、艦内をくまなく見て回り「密偵のようだ」と書かれてしまうほど、海外技術を研究していたようです。

こうした積み重ねが、日本最初の洋式帆船「鳳凰丸」の建造に貢献することになります。
中島三郎助の墓

中島三郎助の墓

長男恒太郎、次男英次郎とともに眠っています。
via 提供:小栗さくら
それにしても、国際情勢も見えていたリアリストの三郎助が、なぜ旧幕府軍として戦ったのでしょうか。

彼は出陣する際「将軍が辞職したことに乗じて、朝廷側の奸悪が冤罪を負わせた」ため、「主家報恩の為に出陣する」としています。
そして箱館戦争で被弾しても「この地は我が埋骨の地と定めている」といって戦い続けた三郎助は、明治2年(1869)5月16日に息子2人と共に壮絶な戦死を遂げます。病がちだった人間とは思えない戦い方です。

そんな三郎助は戊辰戦争中に妻に宛てて、「万一討死したら、浦賀の寺に墓を建てて、戦死した場所も刻んでほしい」といった手紙を、絵まで描いて送っています。
死地を定めた三郎助でしたが、魂が帰ってくる場所は浦賀だったんですね。

三郎助のために建造された浦賀ドック

54 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

伊藤博文や大隈重信らの邸宅が限定公開!明治記念大磯庭園【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

伊藤博文や大隈重信らの邸宅が限定公開!明治記念大磯庭園【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第25回は特別編!明治150年記念で期間限定公開中の『明治記念大磯庭園』へ。神奈川県の大磯は、幕末から明治期の中心となった伊藤博文や大隈重信たちの邸宅があったゆかりの地。伊藤たちが過ごし「政界の奥座敷」と呼ばれた歴史的建造物をご紹介します。
おりょう、さな子…龍馬亡き後も想い続けた女性たち

おりょう、さな子…龍馬亡き後も想い続けた女性たち

慶應3(1867)年11月15日、近江屋で暗殺された坂本龍馬。男も女も惚れる人柄だったという龍馬の人生には、常に女性たちの影がありました。龍馬を知る彼女たちは、彼の死後どんな道をたどったのでしょうか。彼女たちのその後とゆかりの地をご紹介します。
藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】

藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第18回は、昭和まで生きた最後の大名・林忠崇ゆかりの地。請西藩の第3代藩主でありながら、大名自らが脱藩してしまうという異色の経歴を持つ稀有な人物でもあります。あまり知られていない人物ではありますが、彼の戊辰戦争の軌跡を辿れば、きっと興味がわくはずですよ。
リニューアルオープン!企画展ラッシュ!この春行きたい博物館&美術館

リニューアルオープン!企画展ラッシュ!この春行きたい博物館&美術館

江戸東京博物館、高知県立坂本龍馬記念館、仙台市博物館と、長らく休館していた人気の博物館がついにリニューアルオープン!さらに国立博物館での大型展や、専門美術館の個性的な企画展など、歴史好きには嬉しいニュースがもりだくさんのこの春。週末やGWに向け、お出かけの計画にぜひお役立てください。
【始まりからサンタまで】日本初のクリスマスゆかりの地

【始まりからサンタまで】日本初のクリスマスゆかりの地

日本におけるクリスマスの歴史は古く、天文21年(1552)、現在の山口市にあった教会で降誕祭のミサが行われたことが始まりとされます。その後、鎖国によって消えてしまいますが、明治期の禁教令の廃止と共に復活。やがて日本の冬を彩る一大イベントとして定着しました。今回は始まりから、日本初のサンタにケーキ、イルミネーションまで、初づくしのクリスマスとゆかりの地をご紹介します。
沖田総司と2ショット撮影会も!期間限定「ねこねこ日本史コラボカフェ」が可愛すぎる

沖田総司と2ショット撮影会も!期間限定「ねこねこ日本史コラボカフェ」が可愛すぎる

そにしけんじ先生原作の人気歴史ねこコミック『ねこねこ日本史』が、現在有隣堂ららぽーと湘南平塚店にて期間限定のコラボカフェをオープンし話題を呼んでいます。可愛すぎる限定メニューはインスタ映え間違いなし!また、12月15日には沖田総司との2ショット撮影会も。ファン必見のイベントをお見逃しなく!
映画「サムライマラソン」で注目!幕末から続く安政遠足の歴史とは?

映画「サムライマラソン」で注目!幕末から続く安政遠足の歴史とは?

2019年2月に公開される佐藤健さん主演の映画「サムライマラソン」。原作は土橋章宏氏の小説「幕末まらそん侍」ですが、そのテーマとなった「安政遠足(あんせいとおあし)」をご存知でしょうか?日本のマラソン発祥の地として、今も群馬県安中市で続く安政遠足の歴史とともに、映画でのキャストも気になる登場人物についてもご紹介します。
いざ小田原へ!500年の時を越え、北条氏がゆかりの地・小田原城で咆哮する!?

いざ小田原へ!500年の時を越え、北条氏がゆかりの地・小田原城で咆哮する!?

戦国時代、小田原城を拠点に活躍した北条氏。今年2018年は、初代早雲から二代氏綱へ家督が譲られ、小田原を本拠とした1518年から500年目の年。そして来年2019年は、早雲公の没後500年目を迎えます。そのためこの2年間、神奈川県小田原市ではあらためてその功績を広めるべく「北条早雲公顕彰五百年事業」として様々なイベントが実施されています。
再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第25回は、山縣有朋ゆかりの地です。「日本軍閥の祖」とも呼ばれ、明治政府では軍政家として陸軍の礎を築いた山縣有朋。一般的なイメージはあまり良くないようですが、最近ではその評価も見直されつつあります。山縣が歩んだ人生を、墓所・護国寺とともにご紹介します。
映画化にカフェ…今も地元・小田原で慕われる二宮金次郎

映画化にカフェ…今も地元・小田原で慕われる二宮金次郎

多くの学校に設置されている二宮金治郎(尊徳)の銅像。彼が本当に薪を背負って歩きながら本を読んでいたかは不明ですが、その勤勉な姿勢は金治郎の人生から読み取ることができます。今回は二宮尊徳の生涯とゆかりの地である神奈川県小田原市の“金次郎スポット”を中心にご紹介します。