大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第14回】
2018年7月27日 更新

大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第14回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第14回は、大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」ゆかりの地。明治11年(1878)5月14日、現在の東京都千代田区紀尾井町清水谷で不平士族によって暗殺された大久保。今回は、大久保が自宅から暗殺場所まで馬車で通ったルートを当時の古地図とともにたどります。

小栗さくら小栗さくら

明治11年(1878)5月14日、紀尾井坂(東京都千代田区)周辺で大久保利通が暗殺されました。暗殺を実行したのは、元加賀藩士・島田一郎や長連豪(ちょう・つらひで)ら不平士族。
「紀尾井坂の変」として有名なこの事件が起こったのは、大久保の盟友・西郷隆盛が西南戦争で亡くなってから、なんとまだ8ヶ月程のことです。

今回は、大久保が自宅から暗殺場所まで馬車で通ったルートをたどります。
紀尾井坂

紀尾井坂

大久保が実際に暗殺されたのは、紀尾井坂下にある清水谷。
via 提供:小栗さくら

大久保邸は今の内閣府あたり?

当時大久保が住んでいたのは、三年町三番地。現在は地名が変わっていますが、三年坂という坂には名前が残っています。

明治16年の地図を見ると、「大久保邸」の近く(左手)に「鍋島邸」があります。この鍋島邸が現在の総理大臣官邸。
「五千分一東京図測量原図」(東京府武蔵国麹町皇城及永田...

「五千分一東京図測量原図」(東京府武蔵国麹町皇城及永田町近傍)国際日本文化研究センター所蔵

霞が関地図

霞が関地図

via 提供:小栗さくら
現在の地図と照らし合わせて見ると、右下に「三年坂」が見えます。総理官邸が鍋島邸なので、大久保邸はその少し右の内閣府・衆議院第二別館あたりだったと考えられます。
内閣府周辺

内閣府周辺

事件当日、大久保は写真右手側に進み、総理大臣官邸の交差点を右折しました。
via 提供:小栗さくら

大久保の30年計画

事件の朝、大久保は6時にはすでに自邸に福島県権令・山吉盛典を迎えていました。そして福島の安積疎水(あさかそすい)や、殖産興業などについて語っていたといいます。そろそろ邸を出ようとした山吉を引き止め、大久保が熱く話したといわれているのが、有名な「30年計画」。
これまでの10年は創業の時期、これからの10年は内治整理・殖産興業・富国強兵の時期、その次の10年は後継者による完成の時期…というもの。

山吉もそれに賛同し大久保邸を出ましたが、そのときには8時をまわっていたといいます。
国会議事堂の裏通り(国道246号線)

国会議事堂の裏通り(国道246号線)

この周辺に西郷従道の邸がありました。
via 提供:小栗さくら
8時ごろ家を出た大久保は、赤坂仮御所(現迎賓館赤坂離宮)へと向かいます。
清国公使館(総理官邸前交差点)を右折し、現在の国会議事堂裏通りを進み、ドイツ公使館(現国立国会図書館)を左折。その後だらだら坂、三べ坂(三平坂)を通っていきます。

いつもと違う朝

三べ坂(三平坂)

三べ坂(三平坂)

岡部筑前守・安部摂津守・渡辺丹後守の「べ」のつく三邸があったことが由来だとか。
via 提供:小栗さくら
この日、いつもと違っていたことがありました。
一つは、馬丁の芳松が「三べ坂」を通る時に見た大久保の様子です。普段は新聞や書物を読んでいる大久保が、この日は目を閉じて腕を組み、何か考えている様子だったというのです。直前に山吉と話した、日本の未来について思案していたのでしょうか。

そしてもう一つは、いつも馬車内に持ち込んでいた短銃を預けてしまっていたことです。その理由は、この日の夕方に清国公使に会う予定があったからだといいます。もし銃を持っていたなら、逃げる隙があったかもしれませんね…。
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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