江戸幕府きってのスイーツ男子?都内で楽しむ勝海舟ゆかりのグルメ
2018年3月12日 更新

江戸幕府きってのスイーツ男子?都内で楽しむ勝海舟ゆかりのグルメ

幕末といえば必ず名前が出てくる勝海舟。江戸無血開城や、坂本龍馬とのエピソードも有名ですね。東京出身の勝海舟が好んで通ったというお店の中には、今も営業を続けているお店もあるんですよ。今回は、東京にある勝海舟ゆかりのお店を中心にご紹介したいと思います。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

幕末にひときわ光を放った幕臣・勝海舟

「幕臣でありながら倒幕派との関わりが深かった」

「幕臣でありながら倒幕派との関わりが深かった」

勝海舟(本名・安芳)は江戸本所亀沢町(現在の東京都墨田区両国)で生まれました。貧乏な家だったため苦労しましたが、蘭学に通じたことから幕府に出仕し、長崎海軍伝習所を経て咸臨丸で太平洋を横断、アメリカで先進文化と技術を目にして帰国しました。その後は坂本龍馬や木戸孝允、西郷隆盛らと接触を持ちつつも、幕末を幕府の中で生き、西郷隆盛との会談で江戸城無血開城の立役者となりました。

江戸の下町出身ということで、彼が通った店はその近辺で今も勝海舟ゆかりの店として愛されています。

勝直筆の書も見られる和菓子屋「壺屋總本店」(文京区本郷)

壺屋總本店

壺屋總本店

寛永年間に町民が開いた最初の「江戸根元」菓子店・壺屋總本店。『江戸総鹿子名所大前』や『江戸買物独案内』といった、今で言う江戸のタウン誌のようなものにも掲載されるほどの人気店でした。

しかし明治維新で江戸幕府が倒れると、徳川家にお世話になっていたからとして大店が次々とやめていきます。
ところが、ここで勝が「人々が壺屋の菓子を食べたいと言っているのだから続けるように」と言葉をかけ、営業を再開したのだそうです。店内には勝直筆の「神逸気旺(神頼みせずに気力で頑張れ)」書が飾られています。勝も当時ここでまんじゅうや最中を買って食べたのでしょうね。名物の壺形最中は、立ち寄った際にぜひお土産に買いたい一品です。
「店内には勝による書が飾られていました」

「店内には勝による書が飾られていました」

今でも写真を撮りにくる方が多いそうで、ここから撮るといいとアドバイスをいただきました(笑)
名物の最中は、餡がぎっしり!

名物の最中は、餡がぎっしり!

壺々最中(左)と壺形最中(右)。こしあんとつぶあんがあり、中からはみ出すほど餡がぎっしり。上品な甘さに歴史を感じました。

勝海舟の頃から変わらぬ人気蕎麦「京金」(そば・江東区森下)

 (1836)

江東区森下は勝の生まれた両国の近く。ここにある天保2(1831)年創業のそば店・京金は勝が訪れていたといわれるお店です。名物はそば粉の風味が豊かな田舎そばで、今も人気店としてにぎわっています。

レトロ空間でうなぎを食す「やっ古」(うなぎ・台東区浅草)

28 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

ユカリノ編集部

ユカリノ編集部

全国各地の「ゆかりの」エピソードをほぼ毎日お届け。知ればもっと行きたくなる、歴史の聖地巡礼へご案内します! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

第4回:東京で吉田松陰の最期をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

第4回:東京で吉田松陰の最期をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する「小栗さくらがゆく!幕末維新のみち」。第4回は吉田松陰最期の地・江戸。思想家・教育者として、長州の志士たちに多大な影響を与えた松陰は、今でも「松陰先生」と慕われています。彼の足跡は全国にありますが、今回は松陰が命を落とした江戸に焦点をあて、その死の前後を追いたいと思います。
没後150年、新しい龍馬像を見に行こう!東京にある坂本龍馬ゆかりの地

没後150年、新しい龍馬像を見に行こう!東京にある坂本龍馬ゆかりの地

現在、龍馬の没後150年ということで特別展覧会が全国各地で開かれています。(東京は2017年4月から江戸東京博物館にて開催)いつになっても龍馬は私たちを惹きつけてやみません。幕末、龍馬の活動場所は全国に及び、もちろん東京にもゆかりの地が各所にあるのです。今回は龍馬ゆかりの地・東京編をご紹介します。
警察博物館“大警視コーナー”は必見!日本警察の父・川路利良ゆかりの品とその軌跡【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】第15回

警察博物館“大警視コーナー”は必見!日本警察の父・川路利良ゆかりの品とその軌跡【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】第15回

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第15回は、現在の警視総監にあたる初代大警視・川路利良ゆかりの地。川路ゆかりの品が多く展示されている東京の警察博物館を中心に、出生地・鹿児島にある銅像まで、その生涯を辿ります。
戊辰戦争150周年の今こそ見るべき!国立公文書館『戊辰戦争―菊と葵の500日―』展

戊辰戦争150周年の今こそ見るべき!国立公文書館『戊辰戦争―菊と葵の500日―』展

明治維新、そして戊辰戦争から150年の今年、全国各地で関連イベントが開催されています。2018年5月26日~6月30日まで東京・国立公文書館では「戊辰戦争―菊と葵の500日―」と題した企画展が開催中。日本各地で行われた戦闘の記録や、参加した人物にまつわる資料から、戊辰戦争の実像に迫ります。同館ならではの豊富な所蔵品は必見!その展示内容をレポートします。
激動の時代を生きた「最後の浮世絵師」月岡芳年の画業を辿る

激動の時代を生きた「最後の浮世絵師」月岡芳年の画業を辿る

まるで現在の漫画のような躍動感のある月岡芳年の浮世絵。歴史好きなら一度は見たことのあるのでは?幕末に生まれ明治にかけて活躍した芳年の展覧会「芳年ー激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」が8月5日(日)より練馬区立美術館で開催されます。最後の浮世絵師と呼ぶにふさわしい画業を堪能できる貴重な機会です。
2018年は明治維新150年!夏に開催のおすすめ企画展5選

2018年は明治維新150年!夏に開催のおすすめ企画展5選

明治維新150年にあたる今年。高知や山口などの主要箇所もちろん、全国各地で企画展が開催されています。普段の歴史旅や夏休みにプラスしたい企画展の内容をご紹介します。
【菊次郎・菊草・寅太郎】西郷隆盛の子供たちはどんな人生を送った?

【菊次郎・菊草・寅太郎】西郷隆盛の子供たちはどんな人生を送った?

西郷隆盛には2番目の妻・愛加那(あいかな)との間に2人、3番目の妻・糸子との間に3人の子供がいました。早くに父と死に別れた彼らは、どんな人生を歩んだのでしょうか。父譲りの才能を発揮した者、不幸な結婚生活をした者…そんな様々な人生模様を、墓所やゆかりの地とともにご紹介します。
全国から新選組ファンが大集結!「ひの新選組まつり」レポート

全国から新選組ファンが大集結!「ひの新選組まつり」レポート

新選組副長・土方歳三が生まれた地であり、局長・近藤勇や沖田総司らが腕を磨いた天然理心流の道場があった東京・日野。彼らの故郷といえるこの地で、今年も「ひの新選組まつり」が5月12日(土)と13日(日)に開催されました。ファンなら参加せずにはいられない!メインとなる13日(日)の模様をお届けします。
西郷隆盛像の場所も戦場だった!上野戦争に散った彰義隊の墓

西郷隆盛像の場所も戦場だった!上野戦争に散った彰義隊の墓

いまや上野のシンボルともいえる西郷隆盛像。その近くに墓があるのをご存知でしょうか?鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争のひとつ「上野戦争」は、1日で上野が焼け野原になるほど激しいものでした。この地にて壮絶に散ったのが彰義隊です。新選組隊士だった原田左之助も所属していた、彼らの墓をご紹介します。
第14回:大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

第14回:大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第14回は、大久保利通が暗殺された「紀尾井坂の変」ゆかりの地。明治11年(1878)5月14日、現在の東京都千代田区紀尾井町清水谷で不平士族によって暗殺された大久保。今回は、大久保が自宅から暗殺場所まで馬車で通ったルートを当時の古地図とともにたどります。