幕府にも新政府にも重要視された男・横井小楠ゆかりの地
2018年9月22日 更新

幕府にも新政府にも重要視された男・横井小楠ゆかりの地

幕末から明治維新にかけ、各藩から優れた人材が登場しました。横井小楠もその一人。熊本藩出身の彼は福井藩で力を認められ、ついには新政府の参与にまでなりました。彼がどんな考えを持ち、多くの志士や幕府重鎮を動かしてきたのか、ゆかりの地と共にご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

熊本藩に生まれ、福井藩に用いられる

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「聡明だったが、酒を飲んで喧嘩になったり藩主専用の鷹狩り場で弾を撃ったりと意外にポカもあるところが魅力」
横井小楠は、文化6(1809)年に熊本藩士の家に生まれました。本名は時存(ときひろ/ときあり)で、小楠とは「小楠公」楠木正行から取ったものだということです。

藩校・時習館に学んだ小楠は、28歳で塾長になるほどの秀才で、江戸に遊学して藤田東湖らと親交を持ちます。
帰藩後は朱子学をベースとした実学党の中心となり、財政難の続く藩の改革を求めましたが、保守派などとは対立し、重用されませんでした。

やがて小楠は自宅で小楠堂という私塾を開き、熊本藩以外の藩士にも教えるようになります。この時、吉田松陰がここを訪れたそうです。
その後転居した自宅を「四時軒」と称し、ここでも多くの藩士を教えました。

坂本龍馬らも訪れた、家塾「四時軒」(熊本県熊本市)

横井小楠記念館敷地内にある「四時軒」(※現在は、201...

横井小楠記念館敷地内にある「四時軒」(※現在は、2016年の地震の影響で残念ながら休館中です。)

via くまもと写真館
「四時軒」には、後に坂本龍馬や由利公正らも訪れたといいます。
隣りには横井小楠記念館も建てられており、小楠ゆかりの品や、勝海舟・吉田松陰・西郷隆盛といった小楠にゆかりのある人物の書も所蔵。

また歩いて10分ほどのところには、小楠の遺髪を埋葬した墓や小楠の銅像などが建てられている「小楠公園」もあり、毎年2月15日には墓前祭が行われます。
小楠は開国論を唱え、外国船への対応を説く「夷虜応接大意」という意見書も提出しましたが、その考えは藩には受け入れられませんでした。しかし、彼が教えた福井藩士によってその名が松平春嶽の耳にも届き、招かれることになったのです。

幕府と新政府、両方に重要視された

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「小楠の名声を聞き、助言者として幕政改革に参加させた松平春嶽」
福井藩での小楠は、養蚕を中心とした殖産興業や貿易を指南し、財政を好転させます。
また、藩内での保守・進歩の対立に際しては挙藩一致を説き「国是三論」を著しました。この考えは松平春嶽の助言者として幕政改革に参加した際にも踏襲され、「国是七条」に盛り込まれた海軍増強や殖産興業、貿易の奨励、公武合体や幅広い人材登用などの考えは、彼の考えが一歩以上先を行っていたことを証明したのです。

文久2(1862)年、熊本藩士による刺客に襲撃を受けます。襲われた際、逃げて刀を取りに戻ったことが武士道に反すると熊本藩に糾弾されますが、福井藩の擁護によりなんとか切腹を免れました。

浪人となった小楠ですが、彼の能力を評価していた新政府に参与として招かれることに。しかし、明治2(1869)年、強硬な攘夷派の手にかかり、京都で落命したのでした。

高橋公園「横井小楠をめぐる維新群像」(熊本県熊本市)

「横井小楠をめぐる維新群像」

「横井小楠をめぐる維新群像」

via 撮影:ユカリノ編集部
熊本城近くの高橋公園には、「横井小楠をめぐる維新群像」があります。時には激論を交わした坂本龍馬や、小楠を「途方もなく聡明」と評した勝海舟、小楠を重用した松平春嶽、熊本藩最後の藩主・細川護久らの像の中央に、小楠の銅像があります。
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