天ぷらのルーツも南蛮から!日本で愛されている料理の意外な歴史
2018年9月8日 更新

天ぷらのルーツも南蛮から!日本で愛されている料理の意外な歴史

日本に初めて伝来した西洋料理、それが南蛮料理です。天文12年(1543)、種子島に鉄砲が伝来すると、戦国大名たちは競って海外からの文化を取り入れました。南蛮料理もそうした南蛮文化のひとつ。主にポルトガル人によってもたらされたといわれています。日本食だと思っていたあの料理も、実は南蛮が由来だった…!?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

ザビエルがもたらしたキリスト教と南蛮料理

フランシスコ・ザビエル肖像

フランシスコ・ザビエル肖像

平戸(長崎県)と豊後(大分県)から始まったといわれる南蛮貿易。天文18年(1549年)にはフランシスコ・ザビエル(1506~1552年)が薩摩国(鹿児島県)の坊津に到着。日本に初めてキリスト教を伝えました。

ザビエルは周防国(山口県)や堺(大阪府)などを経て、豊後国(大分県)の守護大名・大友義鎮(後の宗麟)に迎えられました。

ザビエルが上陸した薩摩国・坊津

ザビエルが上陸した薩摩国・坊津

via 写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

大友宗麟、高山右近たち"キリシタン大名"も食べていた南蛮料理

永禄10年(1557)には大友義鎮が治める豊後国(大分県)で、400人のキリシタンが、牛肉とオリーブ油とサフランで炊いたパエリヤで復活祭をお祝いした、という記録が残っているそうです。

また、キリシタン大名の高山右近も、小田原征伐(天正18年・1590年)の陣中、細川忠興と蒲生氏郷に牛肉をご馳走したのだとか。

ザビエルの日本滞在は僅か2年程でしたが、ザビエルは日本人にとても好印象を持ち、「彼ら日本人は予の魂の歓びなり」という言葉を残しました。この言葉は広く西洋に広がり、やがてアメリカがペリー艦隊を日本に向かわせる原因になったともいわれています。

天ぷらのルーツも南蛮料理だった

鎖国前後に記されたといわれる森田四郎右衛門の『南蛮料理書』。ここには数々の南蛮料理が紹介されています。3分の2ほどはお菓子の作り方が記されているそうですが、中には「てんふらり」の文字が。

「てんふらり」というのは天ぷらのこと。

その語源は、キリスト教の宗教用語、「クアトロ・テンプラシ」(四句節)だともいわれています。四句節の時期、信者はキリストの受難をしのび、肉を避けて魚のフライを食べる習慣があったのだとか。これが日本のキリシタンに伝わり、揚げ物料理を「てんふらり」と呼び、やがて「天ぷら」になったといわれています。

寛文9年(1669)、京都の医師・奥村久正の『食道記』にも「てんふらり」の記載があります。でもこちらの作り方をみると「小鳥たたきて,かまくらえび,くるみ,葛たまり」とあり、これはどうも鶏のひき肉とエビと胡桃の葛あんかけのよう…。あれ? 油で揚げないの?

これはどうも、当時は油で揚げる天ぷらと、揚げない天ぷらがあったのでは? と考えられているそうです。
揚げたて天ぷら。

揚げたて天ぷら。

揚げ物自体は、仏教の精進料理として、かなり早い時期に中国から日本に伝わっていました。
安土桃山時代になって、ポルトガルから小麦粉をまぶして揚げる料理が伝わり、これが大ブームに。徳川家康も鯛の天ぷらが好物だった、といわれていますね。

天ぷらは江戸時代中期頃からは庶民の間でも流行し、屋台などで手軽に食べられるファストフードになりました。そして昭和40年代頃から家庭の食卓にものぼるようになり、家庭料理の定番になったそうです。

「がんもどき」の語源も南蛮?

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お寺などでいただく精進料理でもお馴染みの「がんもどき」。

「がんもどき」のことを"飛竜頭(ひりゅうず)"と呼ぶことがありますが、語源はなんとポルトガル語! ポルトガル語の「フィロウス」(filhós)だといわれています。

このポルトガル語の「フィロウス」に当て字をして、「飛龍子」とか「飛龍頭」と表わしたのだとか。

でも本家本元のフィロウスは、小麦粉をこねて油で焼いたお菓子。
「がんもどき」は元々、お菓子だったのでしょうか…?

南蛮料理がルーツとなっている料理はたくさんある!

アジの南蛮漬け

アジの南蛮漬け

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