【地元民も知らない名古屋の歴史】吉宗の改革にも反対、現在の名古屋の基礎を作った傾奇者!ド派手藩主・徳川宗春
2017年7月25日 更新

【地元民も知らない名古屋の歴史】吉宗の改革にも反対、現在の名古屋の基礎を作った傾奇者!ド派手藩主・徳川宗春

東京とも大阪とも違い、華美なイメージとケチなイメージの両方をもち、独自の進化をとげる町・名古屋。そんな「日本の異界」名古屋の基礎を作ったのはド派手な奇才、尾張7代藩主の徳川宗春(1969~1764)だった⁉ 徳川宗春をモデルにした時代小説、『尾張春風伝』の著者で、今年7月に『日本の異界 名古屋』(ベスト新書)を上梓した清水義範氏(もちろん名古屋出身)の著書より、地元の人も知らない、現代の名古屋の成り立ちを紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

天下人を3人も出したのに都にならない名古屋

 (5568)

名古屋とは歴史的にみてどんなところだったのか? 
尾張出身の織田信長。尾張の中村から出た最下層の身分でありながら、信長に重用され重役陣のひとりとなり、明智光秀を討って天下人となった豊臣秀吉。その後、天下を取った徳川家康は、尾張ではなく三河の岡崎出身ですが、名古屋圏と考えるなら、天下人が3人とも名古屋出身ということになります。

これを単なる偶然ではないと、清水さんは語ります。
甲斐の武田信玄も、越後の上杉謙信も、彼らが都へ出て天下を取るには遠すぎて、地元で活躍しているうちに、名古屋のものに天下を取られてしまった……つまり名古屋は天下取りのための絶妙な位置にあるというわけです。

ところが天下を手中に収めた名古屋人は、名古屋を都にしようとしません。それはいったいなぜなんでしょうか?

成功したら帰りたくない街、それが名古屋

名古屋城

名古屋城

via 撮影:ユカリノ編集部
清水さんの分析では、「名古屋は天下取りのために出かけるのであって、天下を取って戻ってくるところではない」のだそう。
なぜなら名古屋人は天下を取った人物でさえ、「昔のことをよう知っとるツレだがや」という地点に引きずりおろすからだそうです。

信長も、名古屋人に言わせれば「バカな恰好でうろついとったうつけ殿だがや」ということに。うつけ殿がどうしたはずみか天下人をとったようなことになってしまっとるけど、昔のことを知っとるで威張られてもピンとこんわ、というのが名古屋人。
秀吉は中村のサル。家康ならば今川の人質。サルや人質が将軍さまと言われても、実感がわかんなあ、というのが名古屋人の気質なのだそうです。

名古屋は天下を取るには絶妙な位置にあるのに、天下を取った後は帰りたくない街というわけです。

吉宗の「享保の改革」に反対した宗春

徳川宗春を演じた役者を描いた『夢の跡』の一頁

徳川宗春を演じた役者を描いた『夢の跡』の一頁

そんな名古屋の、現在まで続く基礎をつくったのが、徳川宗春です。
贅沢と女遊びが大好き。自由奔放な宗春はいつも面白ファッションに身を包んでいた徳川宗春。3.6メートルもの煙草の雁首を家来に運ばせながら吸ってみたり、白い牛に乗って寺を参詣したり。そんな面白将軍は、噂の的になり、庶民の注目を集めました。
名古屋を代表する大須商店街も、現在のようなにぎわいを見せるようになったのは、宗春の時代からです。

江戸では8代将軍吉宗が、質素倹約を良しとする「享保の改革」を行っていました。それに対して、宗春は芝居や芸事を奨励し、消費促進、開放政策を行いました。その結果、名古屋の街は繁栄を取り戻すことになります。

宗春は、ただ遊びたくて目立ちたがり屋をしていたわけではなく、倹約を促す吉宗に対し、自ら派手に遊ぶことで、庶民の消費を促そうとしていたのです。

しかし、羽目のはずしすぎで、宗春は、吉宗から使者を通じて、「物見遊山を慎しむように」と謹慎処分をうけてしまいます。納得がいかない宗春は、お上ばかりが潤うのが、本当の倹約か? と、使者に対して反論までします。
大須商店街の中心にある大須観音(愛知県名古屋市中区)

大須商店街の中心にある大須観音(愛知県名古屋市中区)

今は南向きですがもともと東向きで、門前の仁王門通りに見せ物小屋などが並び興行地として栄えました。お堂の後ろに大きな芝居小屋もあり、大入り満員の盛況でした。

派手好きなのにケチな、名古屋人の理由

さて、宗春の経済政策の結果はどうなったのでしょう。一時は、京都が青ざめるほどの反映、といわれたものの、結果的に、名古屋は借金まみれになってしまいました。
農業が経済の基盤だった時代に、流通ばかり活気づかせても、それは虚の繁栄なのだ。具体的にどうなるかというと、領民が大きな借金をかかえこんでにっちもさっちもいかなくなる。(本文より引用)
via 『日本の異界 名古屋』(ベスト新書)
そんな宗春の反省もあり、現在の名古屋の老舗企業は、堅実な経営をするところが多く、バブルでの損害も、比較的少なかったそう。名古屋駅前のビルが町の規模に対して地味なのも、建築費をおさえ、無駄な経費をかけないそうです。
22 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

ユカリノ編集部

ユカリノ編集部

全国各地の「ゆかりの」エピソードをほぼ毎日お届け。知ればもっと行きたくなる、歴史の聖地巡礼へご案内します! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

隅田川花火大会の歴史は300年!夏の風物詩の意外なルーツ

隅田川花火大会の歴史は300年!夏の風物詩の意外なルーツ

夏の風物詩といえば花火。全国各地で趣向を凝らした花火が打ち上げられる大会を心待ちにしている人も多いと思います。なかでも有名な東京・隅田川花火大会の始まりは意外なものだったんです。日本で初めて花火を見た人や、隅田川より古い?花火大会など、知ればもっと楽しめる?花火や花火大会のルーツをご紹介します。
行くなら今!?2018年、名古屋城に行くべき3つのタイミング

行くなら今!?2018年、名古屋城に行くべき3つのタイミング

名古屋市のシンボル・名古屋城。再建が検討されている天守閣に入れるのは5月6日(日)まで!このゴールデンウィークが勝負です。また6月8日(金)には本丸御殿が完成予定。さらには、3月末にオープンした「金シャチ横丁」など、行くべき3つのタイミングを、イベント情報と合わせて、城マニアのいなもとかおりさんがお届けします。
徳川家康の生涯とゆかりの地まとめ

徳川家康の生涯とゆかりの地まとめ

江戸幕府の初代征夷大将軍・徳川家康。信長、秀吉とともに三英傑の一人とされ、日本人なら知らない人はいないのではないでしょうか。近年、大河ドラマでの人気も相まって、イメージも変わりつつある家康。この機会に、改めてその偉大過ぎる軌跡をたどってみてはいかがでしょうか。
三浦按針と徳川家康を大河ドラマに!ゆかりの地・横須賀市に聞いた誘致活動

三浦按針と徳川家康を大河ドラマに!ゆかりの地・横須賀市に聞いた誘致活動

大河ドラマ誘致戦国時代といわれる昨今。その経済効果は数十億円ともいわれ、各自治体は地元の偉人を大河ドラマの主役にとPRしています。その中から今回は、ウィリアム・アダムズこと三浦按針と徳川家康を主役にした大河ドラマ化に向け活動している神奈川県横須賀市をピックアップ。家康に重用された英国人・按針とはどのような人物だったのか?初の外国人大河ドラマの主役になるかもしれない、そのドラマチックな生涯を、ゆかりの地の声とももにご紹介します。
温泉を愛した武将たちの記録も!国立公文書館「温泉~江戸の湯めぐり~」展

温泉を愛した武将たちの記録も!国立公文書館「温泉~江戸の湯めぐり~」展

日本人が古くから親しんできた温泉。江戸時代には、名所図会や紀行文などを通して、温泉地の情報が広く流布しました。多くの人々が訪れ、温泉は次第に湯治場としてだけではなく、行楽地としても賑わうようになります。国立公文書館では平成31年1月26日(土)〜3月9日(土)の期間、江戸時代の資料を中心に人々と温泉の関わりを紹介する企画展「温泉~江戸の湯めぐり~」を開催。その見どころをご紹介します。
東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。2019年は「海道一の弓取り」といわれた今川義元の生誕500年。そこで今回は今川氏の家紋「二つ引両紋」を中心にご紹介します。謎多き二つ引両紋のルーツを、足利氏との関係とあわせて紐解いてみましょう。
新設!「高輪ゲートウェイ駅」周辺の歴史と背景を探る【古地図と巡る江戸街並み探訪:第6回】

新設!「高輪ゲートウェイ駅」周辺の歴史と背景を探る【古地図と巡る江戸街並み探訪:第6回】

JR山手線の田町駅から品川駅の間に新設される駅が「高輪ゲートウェイ駅」とされることが発表され、色々と話題になっています。公募では下位にあった候補でしたが、「高輪」「芝浦」「芝浜」と言った歴史的名称を抑えて、一躍の採用。「ゲートウェイ」とは「玄関口」の意味。今回は、その背景や周辺の歴史を、古地図と今後の都市構想から探ってみます。
【将軍の御落胤】江戸初期の三名君のひとり・保科正之とゆかりの地

【将軍の御落胤】江戸初期の三名君のひとり・保科正之とゆかりの地

徳川秀忠の四男ながらもその存在を隠された保科正之は、典型的な「御落胤」でした。のちに保科家を継いだ彼は、家臣として将軍家を支え続け、後の会津松平家の祖となったのです。今も名君として伝わる保科正之の数奇な人生をゆかりの地とともにご紹介しましょう。
徳川幕府ゆかりの縁切寺・満徳寺、その驚くべき縁切り方法とは!?

徳川幕府ゆかりの縁切寺・満徳寺、その驚くべき縁切り方法とは!?

縁結びにご利益のある寺社は女性に人気の観光スポットとして定着していますが、「縁切り」にご利益のある寺社はそうそう見かけません。しかし徳川幕府の時代、「縁切寺」は女性にとってありがたい救済スポットでした。現在でも縁切寺として知られる群馬県太田市の満徳寺で行われている縁切りとはどのようなものなのか?江戸時代に縁切寺が必要だった理由とともに追ってみました。
愛されて9周年!名古屋城で「名古屋おもてなし武将隊」結成記念祭り&限定コラボ開催

愛されて9周年!名古屋城で「名古屋おもてなし武将隊」結成記念祭り&限定コラボ開催

名古屋城を拠点に活動中の人気武将隊「名古屋おもてなし武将隊®」。11月23日(金・祝)にはその結成9周年を記念した「9周年祭」が開催されます。あわせて、11月いっぱいは名古屋城で関連イベントやコラボ企画も実施中!武将隊を祝うとともに、盛り上がる名古屋を一緒に楽しみませんか?