奈良・東大寺大仏殿は3代目!災難を乗り越えた名寺の歴史と見どころ
2018年4月9日 更新

奈良・東大寺大仏殿は3代目!災難を乗り越えた名寺の歴史と見どころ

世界最大級の木造建築とされる東大寺大仏殿。ほかにも南大門などの歴史的な建築物がたくさんある東大寺ですが、歩んできた歴史は壮絶の一言でした。2度の火災や数十年の雨ざらしなど、苦難にさらされた東大寺の歴史と見どころをご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

東大寺大仏殿の本尊である盧遮那仏像

東大寺大仏殿の本尊である盧遮那仏像

東大寺の始まり

東大寺の始まりは奈良時代のこと。幼い皇子を亡くした聖武天皇が、その菩提を弔うために建てた寺が前身であるとされています。

当時は天災の多発や疫病の流行など、きらびやかな文化の裏側で民衆の生活は困窮を極めていました。そんな中、聖武天皇は天平15年(743)に大仏造立の詔を発し、大工事の末に大仏を完成させ、天平勝宝4年(752)に盛大な開眼供養会が開かれました。
ここから、伽藍の整備などに多くの年月を費やし、東大寺は大規模な寺院となったのです。
重文「四聖御影」(永和本)

重文「四聖御影」(永和本)

大仏造立を発願した聖武天皇(左上)、大仏開眼の導師を務めた菩提僊那(右上)、大仏造立の勧進を担った行基菩薩(右下)、東大寺の初代別当を務めた良弁僧正(左下)の4人を描いたもの。
via 東大寺蔵

第一の災難:平重衡による南都焼討

平重衡

平重衡

重衡は平清盛の五男にあたります。
興福寺と共に栄えてきた東大寺ですが、平安末期の平氏政権に反抗的な態度をとったことから、治承4年(1180)、平清盛の命を受けた平重衡によって焼き討ちされ、大仏殿ほか主な建築物を焼失してしまいます。九条兼実が、日記で「凡そ言語の及ぶ所に非ず」と書き残すほどひどい焼討でした。
間もなく清盛が謎の熱病で死亡しますが、「仏罰だ」と囁かれるほどだったと言います。

その後、後白河法皇や源頼朝らに再建支援を受け、重源上人によって東大寺は再出発を図りました。
国宝「重源上人坐像」

国宝「重源上人坐像」

東大寺大仏と大仏殿をはじめとする伽藍の復興するために尽力した重源上人の像。
via 東大寺蔵

第二の災難:「あの」松永久秀の戦で焼失

松永久秀

松永久秀

戦国三大梟雄のひとり・松永久秀。今回は彼が全面的に悪いわけではないようですが、やはり張本人にされています。
永禄10年(1567)、畿内を支配した三好長慶の死後、家臣の松永久秀は三好家の三好三人衆と戦闘状態に入り、なんと東大寺を戦場にしてしまいました(東大寺大仏殿の戦い)。
これにより、またも伽藍のほとんどが焼失してしまったのです。失火によるものとも言われていますが、詳細は不明です。

第三の災難?:お金が集まらず数十年雨ざらし

重文「公慶上人坐像」

重文「公慶上人坐像」

江戸時代、東大寺の復興に尽力した公慶上人の偉業を伝えるためにつくられたもの。
via 東大寺蔵
その後大仏殿は、仮のお堂が建てられたのですが、慶長15年(1610)にそれが倒壊すると、資金難もあり、大仏は以後、数十年にわたって雨ざらしとなってしまいます。

17世紀後半、公慶上人により全国勧進行脚がおこなわれ、時の将軍・徳川綱吉などの寄進もあり、元禄5年(1692)に大仏の開眼供養会が、宝永6年(1709)に大仏殿が完成。ついに東大寺は復興を遂げたのです。
元禄5年(1692)に大仏開眼供養会が行われた様子を描...

元禄5年(1692)に大仏開眼供養会が行われた様子を描いた「大仏開眼供養図」。

via 東大寺蔵
28 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

ユカリノ編集部

ユカリノ編集部

全国各地の「ゆかりの」エピソードをほぼ毎日お届け。知ればもっと行きたくなる、歴史の聖地巡礼へご案内します! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

【 学問の神様、武将ゆかりの地も 】合格祈願&学業成就にお詣りしたい神社10選

【 学問の神様、武将ゆかりの地も 】合格祈願&学業成就にお詣りしたい神社10選

受験勉強もラストスパート。最後の仕上げに、今回は合格祈願にお詣りしたい神社をご紹介します。学問の神様・菅原道真を祀る神社や、戦国武将が必勝を祈願した神社を紹介、“落ちない”パワースポットまで。高校や大学の入試試験はもちろん、資格の試験や昇進試験がある方もぜひ、お詣りください。
完成から1300年!『古事記』と『日本書紀』が生まれた奈良県で古代ロマンに浸る旅

完成から1300年!『古事記』と『日本書紀』が生まれた奈良県で古代ロマンに浸る旅

2012年に完成から1300年を迎えた『古事記』、そして2020年には『日本書紀』も完成から1300年を迎えます。『古事記』と『日本書紀』が編纂された奈良県では、2020年までの間『記紀・万葉プロジェクト』が立ち上げられ、関連イベントも開催中。悠久の時を越え、奈良で古代ロマンに触れてみませんか?
聖徳太子に古墳…見どころ満載!明日香村で古代観光のススメ

聖徳太子に古墳…見どころ満載!明日香村で古代観光のススメ

古代の都であり、大化の改新の舞台としても知られる奈良県明日香村。2018年10月20日(土)21日(日)に「古都飛鳥文化祭2018」が開催されます。明日香村は聖徳太子ゆかりの地や古墳など、見どころがたくさん!レンタサイクルなどで気軽に古代巡りができるのも魅力です。この機会に行ってみたい、明日香村のオススメスポットをご紹介します。
快慶、定慶…鎌倉時代の天才仏師「慶派」スーパースターの名品が堪能できる特別展

快慶、定慶…鎌倉時代の天才仏師「慶派」スーパースターの名品が堪能できる特別展

奥が深い仏像の世界。仏教の知識がないとなかなか理解できないのではという方も多いと思いますが、運慶と快慶といった「慶派」だけでも押さえておくと、親しみやすいかもしれませんよ。10月2日からは東京国立博物館の特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」も開催。初心者にも優しい仏教の世界に、足を踏み入れてみませんか。
必見!石垣名城3選…高石垣の岡城、登り石垣の米子城、天守台の大和郡山城【月刊 日本の城】

必見!石垣名城3選…高石垣の岡城、登り石垣の米子城、天守台の大和郡山城【月刊 日本の城】

webサイト「日本の城写真集」の管理人・けいすけが、日本の名城の見どころ、撮りどころを徹底的に紹介する連載「月刊 日本の城」。第13回はユニークな石垣をもつ3城、「岡城」「米子城」「大和郡山城」をご紹介します。岡城の高石垣、米子城の登り石垣、大和郡山城の天守台…いずれも当時の建物は残らなくても、石垣だけで魅力十二分!そんな3城の見どころを写真を中心に紹介していきます。
【愛した道鏡との伝説も…】女帝・孝謙(称徳)天皇ゆかりの地

【愛した道鏡との伝説も…】女帝・孝謙(称徳)天皇ゆかりの地

東大寺の大仏を建立したことでも有名な聖武天皇の娘として生まれた孝謙天皇。史上6人目の女帝であり、2度の即位を果たした人物でもあります。寵愛する人物を側近に置き、時には入れ込みが過ぎるなど、波乱に満ちた彼女の生涯とともに、ゆかりの地を追ってみました。最期には、愛した道鏡との伝説も…?
平安時代のイケメン・在原業平、ゆかりの地が多いのはモテ男だからこそ?

平安時代のイケメン・在原業平、ゆかりの地が多いのはモテ男だからこそ?

日本の歴史上の人物のなかで“イケメン”といえば、みなさんは誰を思い浮かべるでしょうか。写真が残る人物としては、新選組の「鬼の副長」こと土方歳三、15代将軍・徳川慶喜などの人気が高いようですが、平安時代を代表する美男子といえば、歌人として有名な在原業平。日本各地にゆかりの地が残る業平、その理由とは?
奈良、福岡、静岡?古代史最大の謎・卑弥呼の墓はどこにある?

奈良、福岡、静岡?古代史最大の謎・卑弥呼の墓はどこにある?

日本古代史の謎のひとつ・邪馬台国の場所。それを決定づける証拠として注目されるのが、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓です。奈良県にある纒向遺跡の箸墓古墳を筆頭に、今年3月に福岡県赤村で見つかった古墳らしき地形も話題になりました。さらに静岡県沼津市にあるという説も…この中に本物はある?
日本で唯一の畳供養!?京都・清浄華院で「畳寺の畳まつり」開催

日本で唯一の畳供養!?京都・清浄華院で「畳寺の畳まつり」開催

“畳寺”の愛称で親しまれる京都の清浄華院。4月29日の「畳の日」にちなみ、今年は前日の4月28日(土)に「畳寺の畳まつり」が開催されます。当日は、日本唯一の「畳供養」をはじめ、限定御朱印の授与やスイーツのプレゼントも。幕末には会津藩主・松平容保も逗留したことがある名刹のレアな行事をご紹介します。
首は東京に落ち、腹と手は足利に飛んだ!?足利市に残る平将門ゆかりの地

首は東京に落ち、腹と手は足利に飛んだ!?足利市に残る平将門ゆかりの地

平将門といえば東京都千代田区にある将門の首塚が有名ですが、そこから約85kmほど離れた栃木県足利市には将門の‟首以外”の部位が落ちたといわれる場所があります。伝説が残る足利市の将門ゆかりの地を追っていきましょう。