【鳥取城渇え殺し】城兵の命と引き換えに自刃した吉川経家
2018年10月25日 更新

【鳥取城渇え殺し】城兵の命と引き換えに自刃した吉川経家

羽柴秀吉による中国征伐では、水攻めや兵糧攻めといった作戦が多く用いられました。毛利方の武将・吉川経家が守った鳥取城もまた、壮絶な兵糧攻めの対象となったことで知られています。飢餓状態に追い込まれた城内の人々を前に、自らの命を引き換えに彼らの助命を願い出た経家。秀吉にも惜しまれた勇敢なる武将・吉川経家のゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

首桶を持参して入城した吉川経家

「鳥取城跡のすぐそばにある経家の銅像」

「鳥取城跡のすぐそばにある経家の銅像」

吉川経家は、天文16(1547)年に毛利家臣である石見吉川氏当主・吉川経安の嫡男として生まれました。父の代から毛利氏に臣従し、石見銀山の管理を任されていた一族でした。

しかし、織田信長が中国征伐を開始すると、その命令で羽柴秀吉の軍が侵攻。三木合戦で、別所長治を「三木の干殺し」と呼ばれる兵糧攻めで制圧した秀吉は、じわじわとその手を西へと伸ばします。

その対象となったのが、鳥取城でした。当時の城主・山名豊国はさっさと秀吉に降ってしまいましたが、家臣たちは毛利一族でもある吉川元春に支援を求めたのでした。そして選ばれたのが、吉川一門の中でも文武両道の誉れ高かった経家だったのです。
経家はなんと、自らの首桶を持参して入城しました。覚悟のほどがうかがえます。

凄絶なる兵糧攻め…「鳥取城渇え殺し」

「鳥取城が築かれた久松山:ここを秀吉は包囲し、兵糧を断った」

「鳥取城が築かれた久松山:ここを秀吉は包囲し、兵糧を断った」

経家が4千の兵で鳥取城に籠城すると、秀吉は2万の軍勢で包囲戦を開始します。ただじっと包囲を続けるのみでしたが、確実に兵糧は減っていきました。
しかも、国内の米は秀吉側に買い取られてしまった上、陸路・海路両方が封鎖され、毛利からの支援も断たれてしまったのです。

兵糧攻めは3ヶ月に及び、人々は飢え、家畜だけでなく死人の肉までも食らうような悲惨な状況に。包囲の柵に取りついて「助けてくれ!」と痩せ衰えた人々が叫ぶ有様は、まさに地獄絵図だったでしょう。

皆をこれ以上苦しめるわけにはいかない…そう判断した経家は、自らの責任を痛感し、降伏を決意。そして、自らの命を引き換えに城内の人々の助命を秀吉に願い出たのです。

鳥取城跡

 (25360)

久松山に築かれた鳥取城は、信長にも名城と評された難攻不落の城でした。現在は久松公園が整備されています。城跡近くには経家の銅像もあります。
「天守跡や二ノ丸跡が残る鳥取城跡:久松公園は桜の名所」

「天守跡や二ノ丸跡が残る鳥取城跡:久松公園は桜の名所」

切腹を前に、経家は遺書をしたためます。「日本の2つの弓矢(織田と毛利)の間で切腹するならば名誉だ」とし、彼は切腹して果てたのでした。
近くの鳥取県立博物館には経家の遺言状の複製が展示されています。子供たちに宛て、仮名書きで書かれた遺言状には、心打たれるものがあります。

経家の墓所は、久松山の麓にある円護寺にあります。
経家の首を見た秀吉は、「哀れなる義士よ!」と涙したとか。城は守りたい、しかし人々の命はもっと大切だ…重い決断を下した彼の思いを、秀吉は痛いほど感じたのでしょう。
ちなみに、かつて「笑点」の名司会だった5代目三遊亭圓楽師匠は、経家の子孫に当たるそうですよ。壮絶に散った経家ですが、その血脈は今に受け継がれているのです。

(xiao)
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