甲斐の虎・武田信玄ゆかりの地、山梨県甲府市を巡る旅
2017年11月30日 更新

甲斐の虎・武田信玄ゆかりの地、山梨県甲府市を巡る旅

戦国武将のなかでも特に有名な、甲斐の虎こと武田信玄公。信玄公が本拠地とした甲斐国、現在の山梨県には、彼のゆかりの地が数多く存在します。今回は、甲府市を中心に信玄公ゆかりの地を厳選してご紹介しましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

今回ご紹介する武田信玄ゆかりの地はこちら

・武田信玄公像(甲府駅南口)
・武田神社、武田氏館跡(躑躅ヶ崎館跡)
・武田信玄公の墓
・積翠寺、要害城跡
・甲府善光寺
・大泉寺

「甲斐国の府中」から甲府と命名!武田信玄の本拠地・山梨県甲府市

甲斐の守護・武田信虎の嫡男として、大永元(1521)年に信玄はこの地で生まれました。ちなみに甲府とは、信虎が躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)に居を移した際、「甲斐国の府中」ということから命名したそうです。
上杉謙信との死闘もありましたが、着々と領土を広げていく中、信玄は一貫して自身の居館を甲府の躑躅ヶ崎館から動かすことはありませんでした。甲府が要害の地だったこともありますし、何より自分が生まれ育った土地として、甲府への愛着があったのでしょう。
甲府駅南口駅前の武田信玄公像

甲府駅南口駅前の武田信玄公像

via 撮影:ユカリノ編集部
甲府駅南口に鎮座する武田信玄公像は、私たちがイメージする威風堂々とした彼そのもの。信玄ゆかりの地を巡るに当たっては、まずここから訪れるのをおすすめします!

信玄の居館・躑躅ヶ崎館跡に建つ武田神社

武田通りから見た武田神社入口

武田通りから見た武田神社入口

武田神社は、創建は大正8(1919)年のこと、信玄を祭神として建てられました。信虎・信玄・勝頼と武田3代60年にわたって拠点となった躑躅ヶ崎館の跡に建つ神社で、境内には当時からの堀や土塁、石垣、古井戸が残されています。
武田氏館跡西曲輪北側桝形虎口

武田氏館跡西曲輪北側桝形虎口

via 撮影:ユカリノ編集部
現在発掘調査中の西曲輪

現在発掘調査中の西曲輪

via 撮影:ユカリノ編集部
宝物殿には武田二十四将図や名刀・吉岡一文字、信玄の軍扇などゆかりの品々が展示されており、信玄ファンならば真っ先に訪れたい場所でもあります。
「武田二十四将図」

「武田二十四将図」

via 武田神社所蔵品
宝物殿では信玄公と記念撮影も可

宝物殿では信玄公と記念撮影も可

via 撮影:ユカリノ編集部
境内にある「姫の井戸」は、信玄の娘が生まれたときに産湯を汲んだ井戸と伝わっています。
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