国立公文書館「温泉 〜江戸の湯めぐり〜」レポート
2019年2月18日 更新

国立公文書館「温泉 〜江戸の湯めぐり〜」レポート

2019年3月9日(土)まで国立公文書館で開催されている企画展「温泉~江戸の湯めぐり~」。日本人は古代より温泉と親しみ利用してきました。戦乱の世を経て江戸時代になり平和が訪れると、大名から一般庶民に至るまで湯治の旅に出かけることができるようになり、温泉に対する関心も高まります。江戸時代の書物・名所図会・紀行文や書状を中心に、温泉と歴史の深いつながりを楽しむことができる企画展を、温泉×歴史ナビゲーターの志真うたがレポートします。

志真うた志真うた

名所案内にみる当時の温泉風景

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江戸時代中後期以降、写実的な挿絵で諸国の名所・寺社・旧跡・景勝地などの由緒や情報を描き記した名所図会が数多く刊行されブームになりました。今で言うガイドブックのようなもので、名所図会を見て「ここに行こう、あそこに行こう」とまだ見ぬ名所に思いを馳せていたのですね。ワクワクする気持ちは今も昔も同じです。

「七湯集」は文化8年(1811)に成立した箱根温泉の案内書で、湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀、芦之湯の七つの湯治場の湯の効能や名所・旧跡などを全10冊にわたりまとめたものです。今も多くの観光客が訪れる箱根温泉は、温泉湯治が大衆化した江戸時代から遊興の場として人気を集めていました。「七湯集」では当時の風景や見どころ、入浴する人々の姿を垣間見る事ができるので、江戸の庶民が何を楽しみどう過ごしていたかを知る上でもとても興味深い史料なんです。

また七湯の中でも湯本・塔之沢・木賀・宮之下からは将軍家への献上湯として江戸へ運ばれました。江戸城を離れられない徳川将軍もしっかり箱根のお湯で湯治をしていたのですね。
「七湯集(しちとうしゅう)」芦之湯

「七湯集(しちとうしゅう)」芦之湯

芦之湯は鎌倉時代から湯治場として知られていた箱根温泉唯一の中性の硫黄温泉です。西郷隆盛や木戸孝允、勝海舟らが訪れた記録が残っており、今も創業三百年を超える二つの宿で歴史に想いを馳せながらお湯を楽しむことができます。

「七湯集」の芦之湯の挿絵を見ると男女が別々に入浴しているようです。江戸時代の温泉は湯量が限られているため混浴の場所が多いのですが、芦之湯は仕切って利用していたということが分かりますね。
via 画像提供:国立公文書館

資料でみる日本三古湯「有馬温泉」の歴史

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江戸時代の温泉番付『諸国温泉効能鑑』で西の大関(湯治は大関が最高位)として不動の人気を誇ったのが有馬温泉。こちらも歴史は古く『日本書紀』には舒明天皇が86日間の湯治に訪れた記述が残っています。その後も平安貴族が湯治に訪れたり汲み湯を京都まで運ばせたりと上級階級の人々に愛されてきた温泉地で、愛媛の道後温泉、和歌山の白浜温泉とともに「日本三古湯」とされています。

有馬温泉に縁のある人物として特筆すべきなのが豊臣秀吉です。戦乱の世で天下を取るに至った秀吉は大茶会を催したり、天正11(1583)年から9回も有馬温泉を訪れるほど有馬の湯を愛しました。ところが近畿一円を襲った慶長伏見地震により有馬温泉も建物・源泉ともに甚大な被害を受け、人気湯治場としての存続が危ぶまれる事態に。そこで秀吉は大規模な改修工事に着手します。以来350年間、一度も泉源の改修工事を行っていないことからも秀吉が有馬温泉の繁栄に欠かせない人物であると言えますよね。

秀吉は地震後に新たに湧出した温泉に湯山御殿を造築したものの訪れることなく死去、その遺構は長らく言い伝えに残るのみでしたが、1995年1月の阪神淡路大震災により壊れた極楽寺庫裏の下から一部と見られる湯ぶねや庭園の遺構、瓦や茶器などが出土しました。

展示されている「摂津国有馬山勝景図」の中央下部に「一ノ湯」「二ノ湯」の二つの小屋が描かれていますが、当時は一つの湯元を二つに区切り宿坊ごとに分けて使っていました。天下人秀吉といえどもこの湯元を独り占めすることはできなかったので、新たに湧出した泉源に建てた御殿での入湯をさぞ楽しみにしていたことだろうと思うと切ないですね。
「摂津国有馬山勝景図(せっつのくにありまやましょうけい...

「摂津国有馬山勝景図(せっつのくにありまやましょうけいず) 」寛延2年(1749)刊

via 画像提供:国立公文書館
摂津名所図会

摂津名所図会

温泉宿や風呂で働く女性は「湯女」と呼ばれ、特に江戸時代の風呂で働く湯女は私娼として寛政の頃は元吉原と相対する勢力になるほど人気を集めたため、一般にはそのイメージが強いかと思います。

有馬温泉の湯女は別格で、入浴の前後に琴を弾いたり和歌や今様を謡うなど教養も必要とされ、豊臣秀吉が20名の湯女に禄を与えて保護するなどかなり高い地位を確立していました。江戸時代には限られたお湯を多くの湯治客が楽しめるよう切り盛りする大湯女・小湯女が活躍しています。

「摂津名所図会」に描かれている宴の様子も一見「この後は……」などと想像してしまいますが、有馬の湯女を夜伽に誘おうものなら「有馬の御法度でございます」とぴしゃりと断られ恥ずかしい思いをしたようです。とはいえ、安政期には有馬の風俗が乱れていることを訴える願書が出されていることから、格式高かった有馬温泉も時代の流れには逆らえなかったようです。

こちらも名湯「上州草津の湯」

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草津温泉は効能の高さから庶民の人気を集め、江戸時代の温泉番付では東の大関として不動の地位を築き、多くの湯治客が訪れています。展示されている「神社仏閣道中記」「漫遊文草」には草津温泉の効能や湯あたりの症状などが丁寧に書かれており、旅好きだった著者のリアルな記述は今読んでも楽しい旅行記です。

今も湯畑の柵には草津温泉を訪れた人物の名が書かれていますが、中世では木曾義仲や源頼朝、戦国時代には堀秀政や丹羽長秀、前田利家、大谷吉継など歴史ファンには堪らない武将が多く登場します。

徳川家康と豊臣秀吉は草津温泉を訪れていませんが、効能の高さを耳にした秀吉が家康に草津温泉のお湯を勧め、家康は草津の湯を江戸城に運ばせて湯治をしていたことが文献で明らかになっています。
また湯畑の中には徳川八代将軍吉宗の命でお湯を汲み上げた「将軍御汲上の湯枠」が残っていますので目にしたことがある人も多いのではないでしょうか?何気なく散策している温泉街も、実は至る所に歴史上に名を残した人物縁の場所がありますので、訪れた際にはぜひ探してみてください。

ブームの火付け役!徳川将軍家と熱海温泉の関係もわかる

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慶長9(1604)年に徳川家康が熱海を訪れ7日間の湯治を行ったことが、戦国時代から江戸時代初期にかけての政治、社会情勢や為政者の動静などを記した「当代記」に書かれています。
戦国時代は北条氏領国下だった熱海は小田原攻め後徳川氏の支配となり、家康も度々訪れ熱海の温泉の効果を認め、病気がちだった吉川広家のために大坂までお湯を届けさせたり、まわりの要人にも勧めるなど熱海のお湯を大切にしていました。

三代将軍家光は熱海での湯治滞在を望み御殿を造営させましたが叶うことはありませんでした。その御殿が荒廃している様子が展示されている「豆州熱海地志」に記されています。これまた切ない……。

その後徳川歴代将軍のために熱海から御汲湯が始まり、八代将軍吉宗の時には9年間に3643樽ものお湯を運ばせています。質素倹約で知られる吉宗が草津からも熱海からも温泉を運ばせ湯治していたというのも面白いですよね。

将軍御用達となった熱海温泉は大名・奥方・幕臣の湯治ブームへと繋がり、江戸の湯治・温泉文化を花開かせる原動力となっていきました。

あの人物と温泉のエピソードも

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志真うた

志真うた

温泉×歴史ナビゲーターとして歴史の舞台に登場する温泉・風呂に関するエピソードを中心に、温泉と歴史の深い繋がりを楽しく伝える活動をしているお笑い芸人。温泉ソムリエ・温泉観光士として執筆や講演を行う傍ら、日本中の温泉・銭湯やお城、神社仏閣を巡る旅を続けています!温泉と歴史と日本酒を嗜みつつ、日本全国の魅力を発掘・PRしていきます! 公式

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