【岐阜市の熱い信長愛!】小栗さくらの「第11回信長学フォーラム」レポート
2017年12月2日 更新

【岐阜市の熱い信長愛!】小栗さくらの「第11回信長学フォーラム」レポート

織田信長が岐阜に入城、命名してから450年にあたる2017年。11月26日(日)に開催された「第11回信長学フォーラム」も、信長のおもてなしや、茶道・茶人との関係を中心に、例年以上の濃い内容となりました。今回は、「信長公と千利休」のパネルディスカッションに参加した小栗さくらが、当日の様子をレポート。12月17日(日)まで開催されている「信長公ギャラリー」もご紹介します!

小栗さくら小栗さくら

2017年11月26日(日)「第11回信長学フォーラム」開催!

提供:小栗さくら (10710)

via 提供:小栗さくら
2017年11月26日(日)に岐阜市で開催された、「第11回信長学フォーラム」。
今回私は、「信長公と千利休」のパネルディスカッションに出演させていただきました。せっかくですので、イベントだけではなく、岐阜の信長公プロジェクトについても紹介したいと思います。

さて、今から450年前の1567年は、織田信長が何をした年かご存知でしょうか?

そう、今年は信長の岐阜入城・岐阜命名から450年の節目にあたる年なのです!
岐阜市は、以前から「岐阜市信長公450プロジェクト」として、さまざまなイベントや動画の配信等を熱心に進めていましたので、その盛り上がりをご存知の方も多いかと思います。

こちらの動画もそのプロジェクトのひとつ。

「信長公ゆかりのまち岐阜市」プロモーション映像(ショートバージョン)

魅力あふれる壮大な動画ですよね!
実はこちらはショートバージョンで、フルバージョンは、たっぷり15分もあります!お時間のある方は、岐阜市の並々ならぬ信長愛を感じる“フルバージョン”も是非ご覧くださいね。

この動画からも分かるように、岐阜市の信長熱は近年増す一方。
町を走る「信長バス」や、ゲーム「戦国無双」とのコラボ、「信長公ギャラリー」などを初めとした展示やイベントも盛りだくさんです。

信長好きが、訪れるたびに違う魅力を発見できる場所、それが岐阜市なのです。

信長学フォーラム「信長公と千利休」

提供:小栗さくら (10814)

via 提供:小栗さくら
信長学フォーラムは今回で11回目。
毎回歴史界の著名な先生方や信長愛の強い方が出演し、さまざまなテーマでディスカッションをして盛り上がっています。いつも定員以上の応募があるほど人気のイベントなんですよ。
加えて今年は、信長が岐阜入城をしてから450年の年ですので、イベントの内容も一層濃いものとなりました!

岐阜城は、信長が宣教師ルイス・フロイスや茶人の津田宗及(つだ・そうぎゅう)らを「おもてなし」した場所としても有名です。そして信長といえば「茶器」の価値を高めた人物としても知られていますよね。

そこで今回は、信長のおもてなしや、茶道・茶人との関係を中心にイベントが開催されたのでした。

矢部健太郎先生講演「天下人と千利休」

矢部健太郎先生

矢部健太郎先生

via 提供:岐阜市教育委員会
國學院大學教授・矢部健太郎先生は、実は昨年の大河ドラマ「真田丸」とも関係していらっしゃいます!

「真田丸」で、豊臣秀吉の甥・秀次が高野山に行き、自ら死を選んでしまった涙のシーンがありましたよね。新納慎也さんの演技がとても切なくて、一般的な秀次のイメージが大きく変わるきっかけとなった場面だと思います。
通説では、秀次が秀吉への謀反を疑われて粛清されたように言われてきました。それを「秀吉は甥を殺すつもりではなかった」という新解釈をされたのが、豊臣政権にお詳しい矢部先生!真田丸では矢部先生の説が採用されたのです。
提供:小栗さくら (10795)

via 提供:小栗さくら

利休は茶室で密談していなかった!?

矢部先生は、「天下人と千利休」をテーマに、利休と信長・秀吉の関係について講演してくださいました。

面白かったのは、利休と政治の関係について。
利休といえば、秀吉の弟・豊臣秀長と共に秀吉の両腕だったイメージが強く、歴史ドラマでも静かな茶室で密談が行われているシーンを見かけますよね。ところが、矢部先生によると、利休が茶室で政治的なやり取りをした記述は見当たらないのだそうです。

ドラマで描かれる利休のイメージは、秀長が大友宗麟に「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」と言った話から、想像して形作られているのかもしれませんね。

ただ、矢部先生によるとこの話も茶会の時にされたものだとのこと。すると利休に配慮した発言の可能性もあるため、一概にはこの言葉だけを鵜呑みには出来ないようです。

また、信長の文書1383通のうち利休宛てのものはたったの1通で、秀吉の2645通あまりの書状でも利休宛ては1通と、数が変わらないというのも意外でした。もちろん数だけで親しさや関係性をはかれるものではありませんが、こうした数字が出てくると大分印象が違いますよね。

講演会ではそうした話から、「利休自身の意志による切腹」の可能性のお話まで、天下人と密着した利休のお話を伺えました。

信長が好んだ幸若舞も!

48 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

信長もおもてなしに取り入れた!岐阜・長良川の鵜飼の歴史

信長もおもてなしに取り入れた!岐阜・長良川の鵜飼の歴史

水鳥である鵜(ウ)を使って鮎などを獲る漁法・鵜飼。特に岐阜県長良川の鵜飼は、織田信長や徳川家康にも好まれ、現在は宮内庁式部職である鵜匠により、毎年5月中旬から10月中旬まで年8回、御料鵜飼が行われています。今回は長良川の鵜飼の歴史から、同じ長良川でもタイプの違う岐阜市と関市の鵜飼をご紹介します。
石田三成に続け!? 戦国武将たちの面白ご当地PR動画まとめ

石田三成に続け!? 戦国武将たちの面白ご当地PR動画まとめ

2016年3月に公開され、超絶話題にあった滋賀県の「石田三成CM」。それに続けとばかり、地元の偉人にちなんだPR動画が作られています。静岡県浜松市では2017年大河ドラマの主役である井伊直虎、岐阜では織田信長の岐阜城入城450年記念など、短いながら創意工夫が凝らされた傑作を集めました!思わず笑ってしまうので、電車の中で見るときはご注意ください。
戦国の革命児・織田信長! 銅像でたどる覇王の生涯「ニッポン銅像探訪記 第7回:織田信長像」

戦国の革命児・織田信長! 銅像でたどる覇王の生涯「ニッポン銅像探訪記 第7回:織田信長像」

「有史以来、もっとも有名な日本人は誰か?」なんて国民調査は行われたことがないですが、行われれば間違いなくTOP3には入る人物なのが、今回紹介する織田信長。「天下人」「魔王」「麒麟児」「革命家」など彼を讃える称号は多くありますが、どんな言葉であってもその範疇に収まらないほど、日本人として規格外の人物でした。今も日本人が大好きな人物ゆえ、銅像も数多く残っています。今回は彼の略歴や居城の変遷を追いかけながら、覇王の像を紹介していきましょう。
信長の采配に武田軍大敗!多くの名将も散った長篠の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第2回】

信長の采配に武田軍大敗!多くの名将も散った長篠の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第2回】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルさんが古戦場をレポートする連載。第2回は「長篠の戦い」です。1575年6月29日(天正3年5月21日)、織田信長・徳川家康の連合軍と、武田勝頼の軍勢が現在の愛知県新城市近辺で激突。織田軍による鉄砲隊の活躍により、当時最強といわれた武田騎馬隊は大敗。武田軍の名将たち最期の場所など、合戦ゆかりの地をご紹介します。
実は「桔梗紋」じゃなかった?明智光秀の家紋と出生の謎【家紋のルーツ:第2回】

実は「桔梗紋」じゃなかった?明智光秀の家紋と出生の謎【家紋のルーツ:第2回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。今回は明智光秀の桔梗紋です。前半生が謎に包まれた光秀ですが、そもそも桔梗紋じゃなかった?さらに産湯が4カ所もあるなど、光秀の謎と桔梗紋のルーツに迫ります。
越前の大名・朝倉義景と名門の栄華が復元された一乗谷朝倉氏遺跡

越前の大名・朝倉義景と名門の栄華が復元された一乗谷朝倉氏遺跡

室町時代から5代、約100年にわたって越前(福井県)を中心に栄華をきわめた朝倉氏。その城下町である一乗谷のにぎわいは、京のように華やかだったそうです。一時期は明智光秀も仕えたものの、織田信長に滅ぼされてしまった朝倉義景と、朝倉氏の繁栄と文化レベルの高さを偲ばせる一乗谷朝倉氏遺跡についてご紹介します。
本能寺の変の引き金?信長が家康にふるまった安土饗応膳を再現!

本能寺の変の引き金?信長が家康にふるまった安土饗応膳を再現!

織田信長が居城・安土城で徳川家康に振る舞ったといわれる饗応膳「天正十年安土御献立」。安土城の近くにあるホテル「休暇村近江八幡」(滋賀県近江八幡市)ではそれを再現した饗応膳を1日10食限定で提供中です。本能寺の変の引き金?ともいわれる膳にまつわる逸話と再現された「信長饗応膳」をご紹介します。
名古屋おもてなし武将隊に新メンバー、前田利家&陣笠・太助が加入!

名古屋おもてなし武将隊に新メンバー、前田利家&陣笠・太助が加入!

ご当地の歴史と魅力を発信するため活動するおもてなし武将隊。その元祖ともいえる「名古屋おもてなし武将隊」に新メンバーが加入!5月26日(土)に、前田利家と陣笠の太助のお披露目式が行われました。ますますパワーアップする武将隊とともに、6月8日(土)に完成公開される名古屋城本丸御殿もご紹介します。
「国盗り物語」は親子二代によるものだった?斎藤道三の真相

「国盗り物語」は親子二代によるものだった?斎藤道三の真相

下克上を成し遂げた武将として、司馬遼太郎の小説「国盗り物語」などで活躍が知られるものの、いまだ謎の多い斎藤道三。実は彼の美濃平定は父との二代で成し遂げたものだったという説が有力になってきました。明智家も仕えたとされる道三とはどんな人物だったのか。その真相に迫るとともにゆかりの地をご紹介します。
第1回:桶狭間の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ】

第1回:桶狭間の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルさんが古戦場をレポートする連載がスタート。第1回は「桶狭間の戦い」です。織田信長が今川義元を討ち取り、天下統一への足掛かりとした合戦はどんな場所で行われたのか?信長の足跡を辿りながら、合戦の経緯とゆかりの地をご紹介します。