【岐阜市の熱い信長愛!】小栗さくらの「第11回信長学フォーラム」レポート
2017年12月2日 更新

【岐阜市の熱い信長愛!】小栗さくらの「第11回信長学フォーラム」レポート

織田信長が岐阜に入城、命名してから450年にあたる2017年。11月26日(日)に開催された「第11回信長学フォーラム」も、信長のおもてなしや、茶道・茶人との関係を中心に、例年以上の濃い内容となりました。今回は、「信長公と千利休」のパネルディスカッションに参加した小栗さくらが、当日の様子をレポート。12月17日(日)まで開催されている「信長公ギャラリー」もご紹介します!

小栗さくら小栗さくら

幸若舞

幸若舞

via 提供:岐阜市教育委員会
信長が好んだという「幸若舞(こうわかまい)」の「敦盛」。
「人間五十年 下天のうちをくらぶれば…」のフレーズは聞いたことがある方も多いと思います。

幸若舞は、室町時代に流行った曲舞で、語りを伴ったものでした。現在では、福岡県みやま市瀬高町大江で、重要無形民俗文化財にもなっているんですよ。
今回はその福岡県みやま市・幸若舞保存会の皆さんが特別上演をしてくださいました。

朗々とした語りと、足を踏み鳴らす力強さがとても印象的で、信長がこれを舞う姿を思わず想像してしまいます。

幸若舞2016 敦盛 Japanese traditional Atsumori

20:05あたりから、「人間五十年…」が始まります。

パネルディスカッション「信長公と千利休」

提供:岐阜市教育委員会 (10797)

via 提供:岐阜市教育委員会
信長学フォーラムの最後は、パネルディスカッション。
東京大学史料編纂所教授の本郷和人先生をコーディネーターに、岐阜市長・細江茂光さん、矢部健太郎先生、小栗さくらの4人でそれぞれの信長観・利休観を討論しました。

本郷先生はテレビでもご活躍なので、皆さんも一度は軽妙なトークを聞かれたことがあるかと思います。今回も笑いを交えつつ、岐阜の魅力を引き出しながら進行してくださいました。

そして岐阜市の細江市長は、大の信長好きとして知られているお方。近年の岐阜が織田信長で活気づいているのも、市長の熱い思いがあってのことだと思います。

そして私も三英傑では織田信長が大好き!従来の信長像も良いですが、ここ最近語られている「努力家」としての信長像も見逃せませんよね。
岐阜市・細江茂光市長

岐阜市・細江茂光市長

via 提供:岐阜市教育委員会

千利休のイメージって?

本郷和人先生

本郷和人先生

via 提供:岐阜市教育委員会
利休は、日本人が一番よく知る茶人で、一般的には秀吉との関係が強いというイメージがあります。
「天下三宗匠(てんかさんそうしょう)」にも名を連ねる利休ですが、信長時代には同じ三宗匠である今井宗久や津田宗及とは明らかな格差があったと本郷先生。
利休は秀吉の時代にその地位が上がっていきますが、魚問屋の子として生まれた彼は、庶民感覚を深く持ち合わせていたからこそ、名物にこだわらない利休ブランドが誕生したのかもしれませんね。

利休のイメージを物語るお話として、私は逸話を一つ紹介させていただきました。それは有名な「一輪の朝顔」のお話。
ある日秀吉は利休から、朝顔がきれいに咲いたからと、茶会の誘いを受けます。ところが秀吉が訪れると、なんと花は一輪残らず切り取られていました。期待していただけに残念に思う秀吉でしたが、彼が茶室に入ると、そこには一輪の朝顔が美しく咲き誇っていたのです。一輪しかないことで、一段と増す美しさ。秀吉は利休が考える美にとても感心した――というお話。
これが利休が極限まで余計なものをそぎ落とす「わび茶」の完成を目指したものとして知られていると思います。

利休について面白いと感じたのは、矢部先生が講演会でも話されていた、信長・秀吉の利休宛の書状の数をどう解釈するかという部分。信長も利休も1通しかないところから、関係性の度合いもそこから読み取れる、と捉えるのも一つの解釈です。また、今も昔も書状や日記には「特筆すべきこと」を書いているので、日常的なことは敢えて書く必要がない――親しいからと言って必ずしも書状が多いわけではないというのも一つの見方。こうしたいろんな意見が交わされるのも、パネルディスカッションの面白いところですよね!
提供:岐阜市教育委員会 (10798)

via 提供:岐阜市教育委員会

信長のおもてなしとは?

矢部健太郎先生

矢部健太郎先生

via 提供:岐阜市教育委員会
信長といえば、「名物狩り」「御茶湯御政道(おちゃのゆごせいどう)」など、茶の湯を政治に活用したことでも知られています。
私がお話したのは、信長と名物の関係。
信長は永禄11年(1568)に、堺の人々に矢銭と称して2万貫を要求しますが、堺側はそれを拒否。その時信長との関係融和をはかった堺の今井宗久は、信長に茶器を献上しました。この頃から信長は名物を収集するようになったと言われています。
功績のあった家臣に茶器を下賜したり、茶会を許可制にすることで価値を高めたといわれる信長ですが、岐阜に残る信長の茶の湯はもっと信長の人物像が見えてくるものです。

それは、信長が現代の茶の湯にも通じる「おもてなし」をこの岐阜で行なっていたというもの。矢部先生によると、利休と信長の出会いは、信長が岐阜にいる頃だということで、信長が茶会をした記録は岐阜城を含めて16回とのことでした。

とにかくすごい!信長の岐阜城でのおもてなし

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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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