【本当は優しかった?】「平将門の乱」と平将門ゆかりの地
2017年11月21日 更新

【本当は優しかった?】「平将門の乱」と平将門ゆかりの地

怨霊伝説で有名な平将門。実は日本史上に大きな業績を残しています。平安時代に武士団の脅威を朝廷に知らしめて貴族の社会から武士の社会へと移行するきっかけを作り、戦国時代には当たり前の騎馬戦の始まりも将門軍だったといいます。また怨霊のイメージとはうらはらに、とても優しい人物だったようです。将門の業績と怨霊化の要因となった「平将門の乱」と、加護のパワーを持つとされる将門ゆかりの地をご案内いたしましょう。

こまきこまき

武家平氏の祖といわれる平良将の子・将門

平将門

平将門

築地神社蔵
平将門は桓武平氏流で、平安京を造った桓武天皇の5世の孫にあたります。父は武家平氏の祖といわれ、当時の最高栄誉職だった鎮守府将軍をつとめた平良将です。

まさに血統書付きの血筋ですが、世は藤原氏による摂関政治全盛期。将門は藤原忠平に仕えましたが、いまひとつ昇進がパッとしません。

そこで思い切って地元に帰ることにしたのです。将門の地元とは下総国佐倉(現・千葉県佐倉市)。しかし、佐倉へ戻ろうとする将門を伯父・平国香と源護の3人の息子(国香と姻戚関係にある)が襲撃してきたのです。

乱の発端は一族の領土争い

実は将門が京にいる間に将門の父・良将の領土を一族で奪い合う争いが起きていました。そんな争いの最中に良将の息子である将門が帰ってきたら、それはもう大変なことになってしまいます。

しかし将門は強かった!伯父・平国香と源護の3人の息子を討ち取りました。ここから関東入りを果たした将門の猛進撃が始まります。騎馬戦を得意としたと伝わる将門。父・良将の領土下総国をはじめとして常陸国、上総国、武蔵国などを次々と支配下に置いていったのです。
本佐倉城

本佐倉城

京成酒々井駅から徒歩20分。

平将門のつながりは?ではありますが、本佐倉城じたいは城の土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な姿で遺存しており、見応え十分な山城です!
本佐倉城(千葉市印旛郡・佐倉市)は、文明年間(1469〜1486)に築かれ、のちに下総国の大名・千葉氏の本拠地となった城。「将門山」という名前なのと、千葉氏が将門と同じく桓武平氏であることから、将門が関東支配の拠点としたのは、この辺りだったのでは?と伝わっています。


お尋ね者を助けたら「乱」になった!?

月岡芳年「芳年武者无類 相模次郎平将門」

月岡芳年「芳年武者无類 相模次郎平将門」

この頃、民衆は多くの徴税と徴兵に苦しんでいました。そんな中、承平7年(937)に富士山が大噴火。民衆の困窮がいよいよ深刻化。将門は領民を救うため関東一帯を支配しようとしたのです。将門は実は、優しかったんですね。

領土拡大を続ける将門を、税金不払い&強奪等の咎で朝廷からお尋ね者となっていた藤原玄明が頼ってきました。将門はその優しさからか玄明を助けることに……。

天慶2年(939)11月21日、玄明を追う常陸介・藤原維幾をやっつけた勢いで常陸国府に攻め入り印璽(いんじ=天皇の印。国府が朝廷の支配下にあるしるし)をお持ち帰り。これが「平将門の乱」のはじまりとなりました。
朱雀天皇

朱雀天皇

朱雀天皇は醍醐天皇の第11皇子。兄の保明親王が菅原道真の祟りで命を落としたとされていたため、屋敷の奥にかくまうようにして養育されたといいます。将門の生きた時代は、怨霊の祟りを本当に恐れていたのです。
これまで将門の関東での活躍の噂を「まぁ、田舎での同族間争いだし」と放置してきた朱雀天皇と朝廷でしたが、朝廷直々に下賜した印璽を奪われたとあってはとても看過できません。

ここで一人のキーパーソンが現れます。武蔵権守・興世王(おきよおう)です。かつて謀反の罪を将門に晴らしてもらった興世王。朝廷の怒りを買いはじめていた将門に「このまま関東全域を支配しちゃえばいいんじゃないですかね?」と進言。

天慶2年(940)12月、将門はこれに乗って進軍し関東中の国府を手中にした上、関東を治める「新皇」としての名乗りをあげたのです。

「新皇」の名乗りを上げた将門は今や朝敵。天慶3年(940)1月、朝廷は藤原忠文を征東大将軍に任命し、将門征伐を開始します。戦いの中で将門は自軍が捉えてきた平貞盛と源扶の妻が乱暴され半裸でいるのを哀れみ、着物を与えて放免したといいます。

将門の最期

将門を討つために京を発った藤原忠文の到着前に、関東にいた平貞盛と藤原秀郷が将門のいる下総国猿島郡を急襲。将門を討ち取って手柄を立てようというわけです。

平貞盛は将門がかつて殺した伯父・国香の息子で平清盛の祖先。また、俵藤太の別名で知られる藤原秀郷はこの後グングン出世したのでした。

天慶3年(940)2月14日、風が吹き荒れる中、将門軍勢は奮闘しましたが、額に流れ矢が命中し将門は絶命。38歳だったと伝わります。将門が新皇として関東を支配したのは、わずか2ヶ月余り。

しかし、この乱で朝廷は地方武士団の脅威を思い知らされることになったのでした。
45 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

こまき

こまき

歴史ライター。ワイルドサイドを歩くことを信条とする。『時の娘』をはじめとした歴史ミステリーに目がなく、読む→書く→読む→書くの無限ループのうちに日々を過ごす安楽椅子ライター。昼夜を分かたずラジオを流しているラジオ狂でもある。『姓氏家系歴史伝説大事典』『江戸東京魔界紀行』(共に勉誠出版)『社寺縁起伝説辞典』『横溝正史研究』(共に戎光祥出版)等々へ記事執筆多数。

関連する記事 こんな記事も人気です♪

【薩長同盟の立役者!?】中岡慎太郎と陸援隊ゆかりの地

【薩長同盟の立役者!?】中岡慎太郎と陸援隊ゆかりの地

慶応3年(1867)11月15日、京都の近江屋で坂本龍馬とともに襲われた中岡慎太郎は、その2日後の11月17日に亡くなります。龍馬の活躍の陰に隠れがちな慎太郎ですが、薩長同盟が盟約したのは彼の働きがあってこそとも言われています。今回は中岡慎太郎の生涯を追うともに、彼が結成した陸援隊とそのゆかりの地をご紹介します。
御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地、今回は動物モチーフがあしらわれた御朱印をご紹介します。今ブームの猫から、稲荷神社の定番の狐、干支にもなっている犬と猿、さらには絶滅してしまった日本狼まで!東京・京都の観光がてら、動物御朱印をいただきにLet's Go!
【桜と城は最強コラボ!】名城ゆかりの桜イベント5選

【桜と城は最強コラボ!】名城ゆかりの桜イベント5選

3月に入り桜の開花が気になる時期になってきました。名城を彩る桜は、昔から変わらず目を愉しませてくれますね。数ある名城で開催される桜イベントの中から、3月に開催される注目の桜イベントを5つ厳選しました。
【利家&まつ、龍馬&おりょう…】あやかりたい!歴史上のいい夫婦ゆかりの地

【利家&まつ、龍馬&おりょう…】あやかりたい!歴史上のいい夫婦ゆかりの地

11月22日は「いい夫婦の日」ですね。歴史上にもおしどり夫婦と呼ばれるカップルがいますが、みなさんは、誰に憧れますか?戦国の動乱を夫婦の絆で乗り越えた利家とまつ、追われる夫の危機を救った幕末を代表する夫妻・龍馬とおりょうなど、今回は時代を超えて親しまれるおしどり夫婦5組のゆかりの地をお届けします。ぜひ、その地をめぐって幸せなふたりにあやかりましょう♪
【 鷹見泉石、足利成氏、源頼政…】ご当地キャラ「こがにゃんこ」とめぐる古河のヒーローゆかりの地

【 鷹見泉石、足利成氏、源頼政…】ご当地キャラ「こがにゃんこ」とめぐる古河のヒーローゆかりの地

戦国時代は古河公方の本拠地として、江戸時代は古河藩としてそして日光街道の宿場町・古河宿として栄えた茨城県古河市。幕末の蘭学者・鷹見泉石、鵺退治の源頼政、古河公方の足利成氏など、古河にゆかりのある人物がネコになった!?古河市非公認ご当地キャラ「こがにゃんこ」の作者・小太刀御禄が、こがにゃんこと共に、そのモデルになった古河のヒーローたちのゆかりの地をご案内します。