エピソード満載!早稲田大学創設者・大隈重信ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第10回】
2018年7月27日 更新

エピソード満載!早稲田大学創設者・大隈重信ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第10回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第10回は大隈重信ゆかりの地です。早稲田大学創設者であり、総理大臣に二度も就任している大隈は、日本で初めて始球式を行うなど、エピソードの宝庫でもあります。青年時代から新政府の中枢に入るまでの、とくに興味深いエピソードとゆかりの地をご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

早稲田大学の大隈重信像

早稲田大学の大隈重信像

「慶應義塾の福澤諭吉」とともに、大学の創設者として有名なのが「早稲田の大隈重信」ですよね。
明治時代に2度、総理大臣に就任している大隈は、実は日本最古の始球式を行なった人物でもあるんです。晩年にはメロン栽培に凝って新品種「ワセダ」を作ったり、日本に自動車が3台しかなかった頃にそのうちの1台を所持していたらしい…など、とにかくエピソードの宝庫のような人物です。
今回は、大隈が新政府の中枢に入るまでと、早稲田大学創設、妻の綾子とのエピソードを交えつつ、ゆかりの地をご紹介します。

要領がよかった!?青少年時代

佐賀藩士時代の大隈重信

佐賀藩士時代の大隈重信

佐賀といえば「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」で知られる『葉隠』が有名ですが、大隈は『葉隠』の考え方には批判的でした。
大隈重信は天保9年(1838)2月16日、佐賀城下の会所小路に生まれました。
5、6歳までは、母親が心配するほどの甘えん坊だったというのですから意外です。ところが12歳ごろになると「ハシクリ(=ハゼ)」と呼ばれる暴れん坊になっていったのだとか。偉人の幼少期はやんちゃなエピソードが多いですよね。

大隈は頭が良い一方、巻数の多い本を読むのは時間がもったいないと考えていたようで、その分の知識を仲間たちで補おうとしていました。
彼は藩校に通っていた頃の自分を、こう振り返っています。
「長編で簡単に読み切れなさそうなものは、読書力の確かな学生に薦めて読ませ、あとでどうであったかを聞いて要点だけを頭に入れる。自分は巻数の少ない良書を読んで会得して、己の中の引き出しにおさめておいた(意訳)」
結果的に読ませた学生も勉強になったと思いますが、ちょっと羨ましいくらいの要領の良さですね。
佐賀城 鯱の門

佐賀城 鯱の門

大隈重信が生まれた年に完成した「鯱の門」。明治7年(1874)の「佐賀の乱」の時の弾痕が残っています。
via 提供:小栗さくら

洋学との出会い

佐賀藩10代藩主・鍋島直正公銅像

佐賀藩10代藩主・鍋島直正公銅像

幕末の佐賀藩の躍進のきっかけとなった名君・鍋島直正。
via 提供:小栗さくら
この頃の佐賀藩主は、いわゆる蘭癖大名といわれる鍋島直正(=閑叟/かんそう)でしたので、佐賀藩には蘭学寮も設置されていました。

大隈は蘭学寮に入り、オランダ語だけではなく、ナポレオン伝記などの海外の歴史書、政治、蒸気機関車、オランダ憲法などを読み、のちには教官となって藩主にもオランダ憲法を講義したほどでした。英語にも早くから興味を示しています。
後年パークスと渡り合えたのも、こうした勉学が活かされたのでしょうね。
佐賀城本丸歴史館

佐賀城本丸歴史館

佐賀城・鯱の門をくぐると、右手に佐賀城本丸歴史館が見えてきます。
こちらは平成16年(2004)に本丸御殿を木造復元したもの。資料だけでなく、御玄関、御式台、御料理間、外御書院、御座間などのビジュアル面でも楽しむことができます。
via 提供:小栗さくら

大隈も早くから大政奉還を考えていた?

「大政奉還図」

「大政奉還図」

慶応3年(1867)10月14日、15代将軍・徳川慶喜は政権を天皇に返上することを奏上します。
この図は、その前日に大名たちへ通達されたときの様子を描いたもの。
大政奉還といえば、坂本龍馬や後藤象二郎が浮かぶ方が多いと思います。ところが大隈によると、大政奉還というのは当時の志士たちが普通に思い浮かべたものだというのです。

その証拠は、大隈の先輩に当たる中野方蔵という人物にありました。中野は大政奉還より5年以上前に、それと同等のことを述べていたのです。そのため大隈はのちに、「(大政奉還は)余等の胸中に湧き出たる感想のみならず、一般志士の脳裏に浮べる意見」と述べたのでした。本当に志士たちがみな思い浮かべたかどうかは別としても、大隈の周りではその意見は珍しくなかったのでしょうね。

では、大政奉還を早くから考え、脱藩までして京都へ向かった大隈たちが、何故それを成せなかったのでしょうか。その理由は、佐賀藩の後ろ盾を得られなかったことにありました。
それどころか、自重していた佐賀藩は佐幕派だと思われて警戒までされていたのです。実際、土佐藩士の日記にも、「(佐賀は佐幕風なので)胸襟は開かず」と記されています。

日本初の実用反射炉を作り、他の藩を一歩リードする技術力や知識を持っていながらも、維新後の佐賀藩は、薩長より低い地点からのスタートとなってしまったのでした。

明治新政府への登用

34 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末から明治にかけて、数多くの人材を輩出した肥前佐賀藩。その中でも中心的な役割を果たした7人を「佐賀の七賢人」と呼びます。幕末の佐賀藩主・鍋島直正や、早稲田大学創設者の大隈重信などの有名人から知られざる?人物まで、七賢人をまとめてご紹介。3月17日(土)から始まる「肥前さが幕末維新博覧会」の予習にどうぞ!
兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第23回は、桑名藩主・松平定敬ゆかりの地を紹介します。高須四兄弟の末弟だった定敬は、京都所司代として兄である会津藩主・松平容保とともに幕府に尽くします。しかし戊辰戦争が始まると徐々に追い詰められ…。時流に翻弄された定敬の波乱万丈な生涯を、ゆかりの地とともにご紹介します。
【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

江戸時代、東海道53次最初の宿場町として栄えた品川宿。その伝統と文化を未来に伝え、地域の発展をめざして開催されるのが「しながわ宿場まつり」です。このエリアは正真正銘の旧東海道の品川宿。「北の吉原 南の品川」といわれ、大名行列や維新志士も通った東海道品川宿の歴史をご紹介します。
全国から参加可能!古地図を見ながら幕末の江戸をバーチャルウオーキングしよう

全国から参加可能!古地図を見ながら幕末の江戸をバーチャルウオーキングしよう

近年、歴史ファンのみならず注目されている古地図散歩。関連アプリもたくさん出ており、スマホ片手に気軽に街歩きが楽しめると人気です。気づくと一日中歩いてしまう…そんな方におすすめしたいのが、タニタの「からだカルテ」を使ったバーチャルウオーキング。幕末の江戸、そして今の東京を比較しながら、楽しく健康に古地図散歩をしてみませんか?【PR】
近藤勇たち新選組隊士が志を育んだ、江戸剣術道場めぐり後編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第21回】

近藤勇たち新選組隊士が志を育んだ、江戸剣術道場めぐり後編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第21回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第21回は、新選組ゆかりの江戸道場を巡ります。各地から隊士が集まった新選組、江戸には局長・近藤勇の試衛館のほかにも、幹部ゆかりの道場が点在します。沖田総司や土方歳三、山南敬助、永倉新八らが志を育んでいった場所で、彼らの若き情熱を感じてみてください。
坂本龍馬や桂小五郎も!幕末志士ゆかりの江戸剣術道場めぐり前編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第20回】

坂本龍馬や桂小五郎も!幕末志士ゆかりの江戸剣術道場めぐり前編【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第20回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第20回は、坂本龍馬ゆかりの千葉定吉桶町道場と江戸三大道場をめぐります。後に「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」と評された江戸三大道場では、それぞれ歴史に名を残した志士たちが腕を磨いていました。今回は坂本龍馬ゆかりの道場を中心に、江戸の剣術道場めぐりをご案内します。
東京駅の謎、答えは佐賀に!建築家・辰野金吾の粋な干支ミステリー

東京駅の謎、答えは佐賀に!建築家・辰野金吾の粋な干支ミステリー

日本の玄関口、東京駅。平成24(2012)年に大改修が行われ、大正3(1914)年当時と変わらない姿に生まれ変わりました。辰野金吾が設計した駅舎には隠れた見どころがあり、その謎は遠く佐賀県にも関係があることがわかりました。この夏休み、東京駅を利用する際はぜひチェックしてみてください。
藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】

藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第18回は、昭和まで生きた最後の大名・林忠崇ゆかりの地。請西藩の第3代藩主でありながら、大名自らが脱藩してしまうという異色の経歴を持つ稀有な人物でもあります。あまり知られていない人物ではありますが、彼の戊辰戦争の軌跡を辿れば、きっと興味がわくはずですよ。
西郷隆盛も好物のスイカを買っていた日本橋・千疋屋総本店

西郷隆盛も好物のスイカを買っていた日本橋・千疋屋総本店

夏といえばスイカ。その歴史は古く、あの西郷隆盛も好物だったといいます。西郷が江戸に住んでいた際、スイカを購入したといわれるのが、皆さんもご存知のあの有名果物店でした。今回は西郷とスイカにまつわるエピソードを紹介します。
創業200年!勝海舟やジョン万次郎も愛した浅草の名店『鰻やっこ』

創業200年!勝海舟やジョン万次郎も愛した浅草の名店『鰻やっこ』

2018年7月20日は「土用の丑(うし)の日」。暑い夏を乗り切るために、栄養価の高い鰻(うなぎ)を食べようという日本の風習ですが、古くから鰻は江戸っ子たちに人気でした。今回は老舗のうなぎ屋さんのなかでも、勝海舟など歴史上の人物にゆかりのあるお店を紹介します。