かぶき者と呼ばれた名君・前田利常が築いた「加賀ルネサンス」文化
2018年10月17日 更新

かぶき者と呼ばれた名君・前田利常が築いた「加賀ルネサンス」文化

加賀前田家3代、加賀藩の第2代藩主である前田利常。彼をご存じの方なら、まず思い浮かべるのが「鼻毛の殿様」のイメージかもしれません。傾奇者として知られた利常ですが、内政や文化面への功績も注目されてしかるべき点です。利常が推奨・保護した加賀百万石の華やかな伝統文化をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

“鼻毛の殿様”といわれた名君、加賀2代藩主・前田利常

文禄2(1594)年、前田利家の庶子として生まれた利常。長兄である利長の養子となり、家督を継いで加賀藩第2代藩主となりました。
「かぶき者」エピソードに事欠かない加賀前田家3代・前田利常

「かぶき者」エピソードに事欠かない加賀前田家3代・前田利常

豊臣家との繋がりが強かった前田家は、江戸幕府が開かれると徳川方から警戒される存在となっていました。一時は謀反の嫌疑までかけられてしまうほどでしたが、それ以後、利常は『うつけ』としか思えないような行動を始めます。鼻毛を伸ばし続け、家臣たちが困惑すると「これはお前たちを楽に暮らさせてやるための鼻毛だ」と言ってのけたという有名な逸話がありますが、一説には幕府の目をかわすため、あえてうつけを装っていたと言われています。

奇行の裏で、「加賀ルネサンス」の礎を築く

幕府へ反抗の意思がないことを示すため、利常は藩の資金を軍備増強ではなく内政と文化面へつぎ込みました。ちょうど妻同士が姉妹だったことから後水尾院とは親しく交流を深め、桂離宮の造営をきっかけに、京都の文化を加賀に取り入れることにしたのです。

多くの職人を集めた御細工所で調度の修復や制作を行わせ、工芸の技を磨かせたのも利常でした。京都の蒔絵の名人・五十嵐道甫を招き加賀蒔絵を発展させ、金工家の後藤覚乗は彫金技術をもたらしました。こうした利常の施策により、蒔絵や金工芸、特に象嵌細工などの細やかで優美な文化が成熟していくこととなったのです。
小堀遠州

小堀遠州

小堀遠州を招いたことも利常の功績のひとつ。
また、当代随一の文化人大名・小堀遠州を招いてアドバイスを受けたことも大きな影響を与えました。遠州によって多くの名茶器がもたらされ、茶の湯も浸透し、彼の手がけた建築物や庭園などが加賀藩に増えていったのです。

利常が依頼し、小堀遠州が手掛けた「擁翠亭」(京都府京都市)

「擁翠亭」

「擁翠亭」

利常に仕えた金工家・後藤覚乗の邸宅に造られた「擁翠亭」は、利常の依頼で小堀遠州が手がけた茶室です。別名「十三窓席」と呼ばれ、日本一窓が多いことでも知られています。

茶人でもある遠州の「綺麗さび」を具現化した代表作で、現在は京都府の太閤山荘の敷地内に保存されています。
via 写真提供:擁翠亭保存会
日本一多い十三の窓がある茶室「擁翠亭」内部から見るとそ...

日本一多い十三の窓がある茶室「擁翠亭」内部から見るとその窓の多さにびっくり。

via 写真提供:擁翠亭保存会
書状横物(前田利常)

書状横物(前田利常)

利常の力強い花押の書状も所蔵されている。
via 提供:擁翠亭保存会
場所:京都市北区大宮釈迦谷10-37
※見学は要事前予約。お問い合わせは太閤山荘(075‐491-0666)まで。
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