神廟の再建、義元左文字の復元も…2019年は生誕500年を迎える今川義元がアツい!?
2018年6月12日 更新

神廟の再建、義元左文字の復元も…2019年は生誕500年を迎える今川義元がアツい!?

現在の静岡市にあたる駿河国の戦国大名・今川義元。2019年に生誕500年を迎えるにあたり、地元の静岡市では「今川義元公生誕五百年祭推進委員会」を設置。来年に向けさまざまなイベントが企画されています。実は今川氏最大の勢力を誇った武将として義元を再評価しようという、戦国ファンなら見逃せない活動内容とは?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

本当は強かった今川義元

今川義元

今川義元

永正16年(1519)に今川氏親の五男として生まれた義元。2019年は生誕500年にあたります。
戦国時代、駿河国の大名だった今川義元。桶狭間の戦いで織田信長に敗れた「凡将」のイメージがあるものの、実際は武田信玄や上杉謙信と肩を並べるほどの実力を持ち、駿河・遠江・三河の3国を支配。今川氏最大の勢力を誇りました。
さらに歴代当主の中で最も多く検地をこなし、父・氏親が制定した分国法に追加する形で「仮名目録追加21条」も制定。こうした領国経営の面からも高く評価されているんです。

2019年「生誕五百年祭」開催!

「今川義元公生誕五百年祭」のロゴマーク

「今川義元公生誕五百年祭」のロゴマーク

義元が戦に用いた馬印「赤鳥」をマークに採用。
via 提供:静岡商工会議所
そんな今川義元が2019年に生誕500年を迎えるにあたり、その功績を再評価し、地域おこしにつなげようという取り組みが始まっています。

先日「今川義元公生誕500年祭推進委員会」から、主要事業として年4回の「今川新聞」の発行や、来年のゴールデンウィークに駿府城公園にてプレイベントが行われることが発表されました。さらにこの事業のシンボルとなる義元の像の制作も検討されているそうです。

今川家の菩提寺・臨済寺に「今川神廟」が再建

今川神廟

今川神廟

via 提供:静岡商工会議所
またその事業に先駆け、今川義元の命日である5月19日に今川家の菩提寺・臨済寺で「今川神廟」の落慶法要が行われました。

義元の廟所、菩提寺だった天澤寺の衰退に伴い臨済寺に移されたとされます。
昭和40年代に建てられた2代目の神廟は簡素かつ境内の奥にあったため、参拝しにくいという意見もあったことから、臨済寺により再建が進められました。
「義元公に相応しい立派なものを」という思いで再建された神廟は、優雅な曲線を描いた大きな屋根が特徴です。
今川義元の供養塔

今川義元の供養塔

中央にあるのが義元の供養塔。石の色が異なる最上部は天澤寺時代から義元の墓として祀られてきたものです。隣には義元の兄の氏輝の石塔が並びます。
via 写真提供:静岡商工会議所

義元の愛刀「義元左文字」を復元

さらに刀剣ファンにも嬉しいニュースがこちら。
義元の愛刀で重要文化財の「義元左文字(さもんじ)」を作刀当時の姿で蘇らせようという試みが富士宮市によって始まっています。

「義元左文字」は桶狭間の戦いで義元が討たれた際に織田信長の手に渡ったもの。
信長は2尺6寸(約80cm)の太刀を2尺2寸(約67cm)にし、打刀にしたといわれています。
その後は豊臣秀吉、徳川家康と天下人に継承され、明治期に徳川家から建勲神社(京都府京都市)に奉納され、現在に至っています。

このプロジェクトの名誉会長には大河ドラマ『おんな城主 直虎』で義元を演じた静岡市出身の落語家・春風亭昇太さんが就任。完成後は県内の義元ゆかりの地に奉納される予定です。こちらも今から楽しみですね!

ゆるキャラ「今川さん」も大活躍?

義元をモチーフにしたゆるキャラ「今川さん」。来年は大活躍?
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