我こそが信長の後継者!秀吉VS勝家、激戦をきわめた賤ヶ岳の戦いゆかりの地を巡る
2017年4月24日 更新

我こそが信長の後継者!秀吉VS勝家、激戦をきわめた賤ヶ岳の戦いゆかりの地を巡る

織田信長亡き後の政権を巡り羽柴秀吉と柴田勝家が火花を散らし、激突した「賤ヶ岳の戦い」。ここで秀吉が勝利を収め、天下人への道が開けたのでした。歴史のターニングポイントとなり、多くの血が流れた賤ヶ岳の戦いのゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

『賤ヶ嶽大合戦の図』

『賤ヶ嶽大合戦の図』

(歌川豊宣画)

賤ヶ岳の戦いとは?

本能寺の変で織田信長が討たれた後、政権内部で火花を散らすようになった羽柴秀吉と柴田勝家。秀吉は明智光秀を討ったことで、発言権を増していました。

信長の後継者を決めるために開かれた清洲会議で、秀吉は織田信忠の子・三法師を推し、勝家は信長の三男・信孝を推します。結局、他の重臣らも三法師を支持したために三法師が織田の後継者となり、秀吉の力はさらに大きくなったのです。
清洲会議の一場面(絵本太閤記)

清洲会議の一場面(絵本太閤記)

via 日本城郭資料館所蔵
こうして対立の構図ができ上がった秀吉と勝家は、天正11(1583)年に賤ヶ岳の戦いで激突することとなりました。
柴田勝家(左)と羽柴秀吉(右)

柴田勝家(左)と羽柴秀吉(右)

両軍は余呉湖(よごこ・滋賀県長浜市)を挟んで向かい合います。
ちょうどこの時、いったん秀吉に降伏していた岐阜城の織田信孝が再び叛旗を翻したため、秀吉は一度軍を返さなくてはならず、その隙に勝家の甥・佐久間盛政が大岩山砦や岩崎山砦を落としました。そのまま彼は賤ヶ岳砦へと入りますが、なんとこの時秀吉は素早い反転を見せ、あっという間に彼を撃破してしまったのです。加えて、勝家側に付いていた前田利家も秀吉側に寝返り、勝家の敗色は濃厚となりました。

勝家は何とか本拠地の北ノ庄城(福井県福井市)へと帰還しますが、間もなく秀吉側に包囲されます。覚悟を決めた彼は、再婚したばかりのお市の方を伴って自刃し、最期を遂げたのでした。

勝家・お市最期の地、北ノ庄城址・柴田公園(福井県福井市)

柴田公園には北ノ庄城の天守があったとされます(写真は復...

柴田公園には北ノ庄城の天守があったとされます(写真は復元天守)

勝家が本拠地とした北ノ庄城はすでにありませんが、結城秀康が建設した福井城の前に存在したと考えられています。現在この付近は柴田公園となっており、勝家やお市、淀殿ら三姉妹の銅像がありますよ。
「絶世の美女・お市は勝家と最期を共にした」

「絶世の美女・お市は勝家と最期を共にした」

最期を悟った勝家は、家臣たちに「自分が腹を切る様を見て、後学とせよ」と言うとお市らを一刺しにし、自らも腹を十字に割いて死んだと言われています。お市には逃げるように言ったものの、彼女は拒絶し勝家と共に死ぬことを選んだのでした。80名ほどいた家臣たちも、皆殉死したそうです。

賤ヶ岳古戦場(滋賀県長浜市)

賤ヶ岳古戦場跡

賤ヶ岳古戦場跡

via (公社)びわこビジターズビューロー
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