"小江戸"川越の礎を築いた「知恵伊豆」こと松平信綱
2018年10月30日 更新

"小江戸"川越の礎を築いた「知恵伊豆」こと松平信綱

徳川家光・家綱に仕えた老中・松平信綱。その聡明さから「知恵伊豆」と呼ばれました。彼がいたからこそ、この時代が保たれたといっても過言ではありません。そんな信綱の才覚と業績を紹介すると共に、彼が礎を築いた川越のまちをご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

6歳で将来を見据えていた!幼い頃から聡明だった松平信綱

徳川家康の家臣・大河内久綱の長男として生まれた信綱。わずか6歳にして、叔父・松平正綱の養子に自ら志願します。その理由は「大河内姓では将軍の側近にはなれない」と考えたから。

そして松平姓となった信綱は、徳川家光の小姓となりました。
第3代将軍・徳川家光

第3代将軍・徳川家光

信綱は後に家光の側近中の側近として、春日局や柳生宗矩らと共に「鼎の脚」と称されるほど、家光に忠誠を尽くします。
幼い頃から聡明で評判だった信綱は、やがてその官位から松平伊豆守信綱、通称「知恵伊豆」と呼ばれるようになります。ともに家光に仕えた酒井忠勝からは「あれは人間ではない」と言われるほどの頭の良さだったそうですよ。

島原の乱鎮圧の功績により川越へ移封

信綱の業績として知られるのが、長期化した島原の乱を鎮圧したことです。幕府軍の総大将だった板倉重昌が戦死したことで新たに総大将となった信綱は、オランダに協力を求めつつ、立花宗茂ら戦国時代を知る武将たちの作戦を容れてこの乱を終結させたのでした。

戦後、その功績によって信綱は川越藩に移封となります。そして武家諸法度の改正や鎖国の完成などに尽力する傍ら、川越城と城下町の整備に取り組みました。同時に船運事業も確立させ、現在も「小江戸」と呼ばれる川越の街の基盤をつくっていったのです。

信綱が基盤を築いた「小江戸」川越

蔵造りの町並み「一番街」とともに、川越のシンボルとなっ...

蔵造りの町並み「一番街」とともに、川越のシンボルとなっている「時の鐘」

via 撮影:ユカリノ編集部
信綱が城下町を整備した際の町割で、商人たちの地区となった場所のメインストリートが、現在蔵造りの街並みとして「小江戸」川越を印象付けている一番街です。川越のシンボルでもある「時の鐘」もありますよ。
店同士が通りを挟んで向かい合う街並みは、信綱の町割によってできたものなんです。

川越城本丸御殿

川越城本丸御殿

川越城本丸御殿

via 撮影:ユカリノ編集部
また、藩主となった信綱は、川越城を従来のものの2倍の大きさに増改築するという大事業を行いました。
現在残っている本丸御殿は嘉永元(1848)年のものですが、本丸御殿大広間が現存することはきわめて貴重です。
以後川越城は、江戸時代中期まで老中の居城として機能していくこととなります。
本丸へ敵の進入を阻むために信綱が造った中ノ門掘跡

本丸へ敵の進入を阻むために信綱が造った中ノ門掘跡

via 撮影:ユカリノ編集部

天才的な政治の手腕は今も尊敬を集める

家光の死後、後事を託されていた信綱は殉死せず、家綱に仕え続けることを選びました。この頃には由比正雪の乱や明暦の大火など、幕府を揺るがす大事件が立て続けに起こりましたが、信綱はこれらに対応し、世の安定に努めました。

とにかく真面目な人物だったという信綱。下戸な上に茶の湯も歌会も好まず、政治談議が楽しみだったとか。その真面目な性格は「才あれど徳なし」と囁かれてしまいましたが、現在の川越の基盤をつくった偉大な人物として、川越では今も尊敬を集めています。
信綱なくして川越なし、ですね。
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