妻の名前の由来は馬出し?荒木村重と有岡城(兵庫県伊丹市)
2018年5月4日 更新

妻の名前の由来は馬出し?荒木村重と有岡城(兵庫県伊丹市)

あの織田信長に気に入られながら、突然謀反を起こし、説得しようとした黒田官兵衛を幽閉、さらにひとりで逃亡と、とんでもない逸話ばかりが並ぶ武将・荒木村重。大河ドラマ『軍師官兵衛』では、逆にその人間臭さが話題になりました。今回は妻・だしの名前の由来になった?彼の居城・有岡城とともに、その晩年をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

不可解な謀反、黒田官兵衛を幽閉した荒木村重

荒木村重

荒木村重

織田信長から刀で刺し貫いた饅頭を差し出されても、平然と大口をあけて食べようとしたという逸話が残る村重。その豪胆さに驚いた信長は、村重を日本一の器と賞賛し、腰に挿した脇差を授けたといいます。
荒木村重は天文4年(1535)、摂津国池田城(現在の大阪府池田市)の城主・池田氏の家臣の家に生まれます。
のちに織田信長に仕えると、室町幕府15代将軍・足利義昭の京都追放に貢献したことから、天正2年(1574)、摂津国の支配を任され、伊丹城(のちの有岡城)の城主となります。

こうして、天下布武をめざす織田信長の軍団長格のひとりにまで出世した村重ですが、天正6年(1578)10月、突如、反旗を翻しました。
不可解な謀反の理由については、敵対していた石山本願寺への兵糧横流し説、信長の側近との対立説など諸説ありますが、今も定かではありません。
実際、村重を重用していた信長は、当初その反逆を信じず、事実が発覚したのちも、翻意を促すため数回にわたって使者を派遣しました。
黒田官兵衛

黒田官兵衛

村重を説得しにきた官兵衛ですが・・・。
村重と旧知の仲であった黒田官兵衛も使者として有岡城へおもむきますが、説得に失敗。
翌年11月に落城するまで、長らく地下牢に幽閉され、生死の境をさまよったのは有名な話です。

荒木村重が大改修した有岡城(兵庫県伊丹市)

有岡城の本丸は現在のJR伊丹駅付近に位置し、有岡城跡史...

有岡城の本丸は現在のJR伊丹駅付近に位置し、有岡城跡史跡公園となっています。

有岡城の前身は鎌倉時代末期に活躍した伊丹氏の築いた伊丹城で、荒木村重によって大改修を施されました。
周囲に堀と土塁を巡らせ、防御帯を設けた惣構えは、信長の大軍による攻撃にも1年に渡って耐えるほど強固なものだったそうです。
現在残っている石垣は、城郭としては最古のものといわれて...

現在残っている石垣は、城郭としては最古のものといわれています。

実は落城の2カ月前、村重は家族や家臣を残してひとり城を脱出していました。
絶望的な戦いに恐れをなしたとも、同盟を結んでいた毛利氏に援軍を要請するため、嫡男・村次の居城である尼崎城へ移ったともいわれています。

「だし」という不思議な妻の名前の由来

村重が織田家への抵抗を続けたことから、有岡城にいた妻子をはじめ家臣一同は、すべて処刑されてしまいました。そのひとりが「今楊貴妃」とも称された、村重の妻「だし」です。

本名は「ちよほ」(一説には「梶」)とされていますが、なぜ「だし」という不思議な名前で呼ばれるようになったのかについては諸説あります。
たとえば、キリスト教の受洗名「Daxi」だったというキリシタン説。ほかには、「城の馬出しに置かれた妻」からきているという説もありますが、いずれも疑問点が残されています。
馬出し

馬出し

馬出しとは、虎口をカバーする射撃陣地のこと。敵が攻めてきた場合、かなり危険な場所に妻を住まわせるとは、いくら村重でも考えにくい?
via イラスト:みかめゆきよみ
さらに最近、城郭考古学の見地から唱えられているのが、有岡城の大手の「だし」(城壁が外へ突き出したところ)に住んでいたことが由来という説。
妻には日当たりや眺望のよい、城の正面にある部屋を与えようとした、と考えるほうが、自然かもしれません。
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