新説の誕生で話題沸騰中!?関ヶ原の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第5回】
2018年9月15日 更新

新説の誕生で話題沸騰中!?関ヶ原の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第5回】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルが古戦場をレポートする連載。第5回は「関ヶ原の戦い」です。岐阜県関ケ原町を舞台に慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)勃発した、天下分け目の戦い。今回はその戦いの舞台となった、東軍西軍の武将たちの陣跡を足軽さんと巡ります。話題の新説による布陣を現場検証してみると…?

長谷川ヨシテル/れきしクン長谷川ヨシテル/れきしクン

ユカリノの読者の皆さん、こんにちは!長谷川ヨシテルでございます。

前回は、岐阜県関ケ原町で起きた古代の大合戦「壬申の乱」をご紹介しましたが、今回はほぼほぼ同じ場所で今から418年前(1600年9月15日)に起きた天下分け目の大合戦である「関ヶ原の戦い」をピックアップして古戦場をご紹介したいと思います。

いざ出陣!関ヶ原の舞台へ

石田三成が本陣を敷いたと伝わる標高198mの小山。 被...

石田三成が本陣を敷いたと伝わる標高198mの小山。 被写体は、関ヶ原の戦いのイベントで石田三成の甲冑を着させてもらってテンションが上がっている私です。

via 提供:長谷川ヨシテル
長谷川(以下、長谷)「さて、前回に引き続いて関ヶ原にやってきたわけですが、今回も案内をしてくださるのは・・・」

雅楽之介(以下、うた)「はいはい、どうもどうも!」

長谷「はい、雅楽之介さんですね!いつもありがとうございます。」

うた「前回は『壬申の乱』だったから、よく知らなかったが、今回は任せておけ。なんていったって、俺はこの合戦に参戦しているんだからな!」

長谷「え、そうなんですか?雅楽之介さんは、元々は織田信長さんの足軽(第1回「桶狭間の戦い」第2回「長篠の戦い」参照)で、信長さんが亡くなった後は豊臣秀吉さんの足軽(第3回「忍城の戦い」参照)でしたよね?」

うた「そうだそうだ。秀吉様が亡くなった後は、徳川家康様に仕えて関ヶ原の戦いに従軍しているのさ。」

長谷「戦国の三英傑に仕えて、ちゃっかり戦国時代を生き抜いているんですね!」

うた「ガハハハ。まぁ、そういうことだな!」

長谷「なのに、ずっと足軽だったんですね(笑)」

うた「お?何か言ったか?」

長谷「いえ、何も。」

関ヶ原古戦場 決戦の舞台

関ヶ原の戦いの中でも激戦の地と伝わる。この地の西側にあ...

関ヶ原の戦いの中でも激戦の地と伝わる。この地の西側にある石田三成の本陣の笹尾山に東軍が攻め寄せたと言われる。

via 撮影:長谷川ヨシテル
長谷「ここが激戦の地と伝わる場所ですね。」

うた「東軍も西軍も大軍だったから、この辺りは人に溢れていただろうな。」

長谷「だろうなって、参戦してたんですよね?」

うた「あ、俺は徳川家康様の本陣の後方の部隊だから、最前線は知らん。」

長谷「なんか、いつも最前線にはいませんね(笑)じゃあ、家康さんの桃配山の西側の方にいたんですね?」
桃配山

桃配山

「壬申の乱」の際に大海人皇子が兵士の士気を高めるために桃を配ったことに由来すると言われる小山。「関ヶ原の戦い」の時には、徳川家康が本陣を敷いたと伝わる。
via 撮影:長谷川ヨシテル
うた「まぁ、だいたいその辺りだったかな。ちなみに、兵の数は東軍が7万以上、西軍が8万以上はいたらしいから、この関ヶ原という地に15万以上の兵士が集ったことになるな。」

長谷「それはすごい人数ですね。」

うた「前日の夜には雨が降って、当日の早朝は霧が立ち込めていたから、移動も大変だったなぁ。」

長谷「開戦は何時くらいだったんですか?」

うた「あまり覚えていないが、だいたい辰の刻(午前8時頃)だったかなぁ。」

長谷「福島正則さんが先陣と決まっていたけど、徳川四天王の井伊直政が抜け駆けして西軍に鉄砲を撃ち掛けちゃったんですよね?」

うた「聞いたところによると、そうらしいな。井伊直政様は、徳川家康様のご子息の松平忠吉様の後見を務めていた。その松平忠吉様が初陣を迎えたということで、なんとかして軍功を残したかったらしい。俺も聞いた話だがな。」
松平忠吉と井伊直政の陣跡

松平忠吉と井伊直政の陣跡

新説による陣跡を検証!三成は●●にいた?

長谷「なるほど〜。現在は関ヶ原には、各大名の陣地跡が残されているんですが、これって合ってるんですか?」

うた「いや〜、ここまでしっかりした布陣はしてなかったんじゃないかな〜、どうだったかな〜。」

長谷「もう、ハッキリしてくださいよ!」

うた「だって、合戦場にはいたけど実際には見てないからな〜。ただ、松尾山の動向が、この戦いのきっかけだったと聞いたけどな。」

長谷「松尾山というと、小早川秀秋さんが本陣を敷いた、あの松尾山ですか?」

うた「そうだそうだ。小早川秀秋様は合戦中に寝返って“裏切り者”なんて言われていたが、実は前日に松尾山に入った時から既に東軍に付いていたからな。寝返ったのは合戦中じゃないんだよな。」
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長谷川ヨシテル/れきしクン

長谷川ヨシテル/れきしクン

歴史ナビゲーター、歴史作家。ニックネームは「れきしクン」。 漫才師としてデビュー、「芸人○○王(戦国時代編)」(MBS、2012年放送)で優勝するなどの活動を経て、歴史ナビゲーターとして、日本全国でイベントや講演会などに出演、芸人として培った経験を生かした、明るくわかりやすいトークで歴史の魅力を伝えている。 テレビ・ラジオなどの出演のみならず、歴史に関する番組・演劇の構成作家や、歴史ゲームのリサーチャーも務めるほか、講談社の「決戦!小説大賞」の第1回と第2回で小説家として入選するなど、幅広く活動している。 著書に『あの方を斬ったの…それがしです 日本史の実行犯』(KKベストセラーズ)、『ポンコツ武将列伝』(柏書房)、『マンガで攻略! はじめての織田信長』(白泉社・原作・重野なおき、金谷俊一郎と共著)がある。 公式

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