交友関係に恵まれた愛されキャラ?初代内閣総理大臣・伊藤博文【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第24回】
2018年10月26日 更新

交友関係に恵まれた愛されキャラ?初代内閣総理大臣・伊藤博文【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第24回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第24回は、初代内閣総理大臣にして、4回も総理大臣を務めた伊藤博文です。長州藩の農民から日本のトップまで上り詰めますが、最後は暗殺されてしまうという劇的な人生を送った博文。運を味方に、師や先輩たちに可愛がられた彼が出会った人々や、その評価について紹介します。

小栗さくら小栗さくら

初代内閣総理大臣・伊藤博文

伊藤博文肖像

伊藤博文肖像

幼名は利助、その後俊輔、博文と変わりました。
via 国立国会図書館デジタルコレクション
伊藤博文は初代内閣総理大臣にして、4回も総理大臣を務めた人物です。彼は、長州藩の農民から日本のトップまで上り詰め、最後は暗殺されてしまうという劇的な人生を送りました。

そんな博文の基礎を作り上げたのはもちろん幕末です。
良き師に出会った博文は、運を味方にしながら、愛すべきキャラクターとして師や先輩たちに可愛がられていました。今回は博文が出会った人々や、その評価について紹介したいと思います。
お札にもなった伊藤博文

お札にもなった伊藤博文

via 提供:小栗さくら

不運から開けていった運命

平成3(1991)年に復元された伊藤博文生家(山口県光市)

平成3(1991)年に復元された伊藤博文生家(山口県光市)

via 写真提供:一般社団法人山口県観光連盟
博文は、庄屋の補佐をする畔頭(くろがしら)を務めていた林十蔵の子として生まれました。しかし、5歳の時に父が破産。そんな状況に陥りながらも、彼の運は尽きるどころかここから開いていくことになったのです。
破産後、父・十蔵は、仕えている伊藤直右衛門の養子となりました。こうして博文も伊藤の姓となり、博文父子は足軽となったのです。

そして14歳の時、相模国に駐屯していた博文は、来原良蔵(くるばら・りょうぞう/木戸孝允の義弟)に見込まれて教えを学ぶことになりました。良蔵は、博文が吉田松陰の松下村塾で学べるように紹介状を出したり、共に長崎に連れていき砲術等を学ばせたり、木戸のもとで修行できるよう計らったりと随分と目をかけています。
博文は良蔵との出会いによって人脈を得ることが出来ました。

松下村塾での博文

松下村塾

松下村塾

via 写真提供:一般社団法人山口県観光連盟

ライバル?吉田稔麿

博文は師の吉田松陰とは11歳差、木戸孝允とは8歳差、高杉晋作とは2歳差でした。博文と同じ天保12(1841)年生まれだったのは、のちに池田屋事件で命を落とす吉田稔麿(よしだ・としまろ)です。優秀だった博文も稔麿には敵わなかったのだとか。
同い年で敵わないとなれば、ライバルとして火花が散りそうなところですよね。ところが二人の関係は良好で、稔麿は自分が読んだ本を博文にあげていましたし、その稔麿の好意を博文も素直に受け取っていたようです。博文は人に可愛がられるのが上手かったのかもしれませんね。

松陰の評価

では師の松陰は、博文をどのように評価していたのでしょうか。
松陰は久坂玄瑞に宛てた手紙に、「(博文は)なかなかの交渉家になりそうだ」と書き送り、またある時には「才能は劣っていて学問はまだまだだが、性格は実直で華美になびくこともない。私はとてもこの弟子を愛している」と表現しています。これは松陰が16歳の博文を評したものです。博文の学問は、松陰にすれば未熟だったようですが、同時に博文の将来に期待を寄せている言葉のように感じます。
小塚原松陰墓所(回向院)

小塚原松陰墓所(回向院)

松陰が安政の大獄により江戸で処刑された後、博文は木戸孝允らと共に遺体を受け取りに行きました。
via 提供:小栗さくら

博文が語る2人の師

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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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