150年前の今日、上野で何が起きた?いまも残る上野戦争の史跡
2018年7月4日 更新

150年前の今日、上野で何が起きた?いまも残る上野戦争の史跡

東京の上野といえば、動物園や博物館、あるいは花見の名所として人気の行楽地をイメージする人が多いと思います。しかし、江戸から明治へ時代が移り変わろうとしていた頃、この上野を舞台に、激しい戦闘がくり広げられました。今回は、慶応4年5月15日(1868年7月4日)に起こった「上野戦争」と、この戦争にまつわる史跡について紹介していきます。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

戊辰戦争の戦いのひとつ、上野戦争

「上野戦争の図」※「本能寺合戦之図」とあるが、上野寛永...

「上野戦争の図」※「本能寺合戦之図」とあるが、上野寛永寺での戦闘を描いている。左側が彰義隊、右側にいる洋装の兵は官軍。

上野戦争のきっかけは、慶応4年、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が新政府軍に敗れたことにさかのぼります。このとき15代将軍・徳川慶喜は、ひそかに大坂城を脱出すると、徳川家の菩提寺である上野寛永寺に謹慎。その後、新政府軍は江戸に向けて進軍しますが、江戸城の無血開城により、総攻撃は回避されます。

こうして両者の和平は成立したかに見えましたが、旧幕府側ではこれに不服を唱える勢力も根強く存在しました。そうした抗戦派を中心に、江戸市中の警備を名目として結成されたのが彰義隊です。新政府軍は当初、彰義隊との衝突を避けるべく、その活動を静観していました。

ところが、徳川慶喜が水戸へ退去すると、彰義隊は徳川家の菩提寺である上野寛永寺にたてこもって抗戦の構えを見せたことから、総攻撃を決断するに至ったのです。
寛永寺根本中堂

寛永寺根本中堂

彰義隊ら旧幕府軍と新政府軍が衝突

戦闘が開始されたのは、1868年7月4日早朝のこと。正門の黒門口(広小路周辺)や即門の団子坂、背面の谷中門で、両軍は午前7時頃に衝突したとされています。

なかでも最激戦区となったのが黒門口で、その主力となったのが、西郷隆盛に率いられた薩摩藩兵でした。このとき最前線で活躍したのが、かつて寺田屋騒動で西郷の弟である従道や、従弟の大山巌らとともに謹慎を命じられた篠原国幹です。
 (21938)

陣頭での勇猛な指揮ぶりが語り草となった篠原国幹
戦闘は一進一退をくり返しましたが、本郷台に置かれた最新鋭のアームストロング砲からの一斉砲撃が開始されると、新政府軍の優勢が鮮明となります。さらに、のちに佐賀藩の江藤新平より「西郷の胆力」と称賛される活躍を見せた薩摩藩兵が黒門口を突破したことから、同日午後5時には彰義隊の敗走が決定的となりました。

今も残る上野戦争ゆかりの史跡

上野公園にある彰義隊の墓

上野公園にある彰義隊の墓

via 撮影:ユカリノ編集部
この戦闘の結果、上野山周辺では多くの建物が失われています。特に、寛永寺の諸堂はことごとく焼失。彰義隊が本陣とした寒松院の跡地は現在上野公園となり、寒松院はその後の移築と再びの焼失を経て、現在の別の場所に再建されています。

弾痕が残る旧本坊表門

 (21957)

寛永寺のなかで唯一焼失を免れたのが、旧本坊表門(黒門)です。
昭和12年(1937)、現在地に移築され、重要文化財にも指定されています。平成25年(2013)には大規模な解体修理を経て、創建時当初の姿に復元されていますが、上野戦争の際の鉄砲や砲弾の弾痕は、重要な歴史の証拠としてそのまま残されています。
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