11/3より埼玉県立歴史と民俗の博物館で開催「上杉家の名刀と三十五腰」直前レポート!
2017年11月3日 更新

11/3より埼玉県立歴史と民俗の博物館で開催「上杉家の名刀と三十五腰」直前レポート!

9/23〜10/22まで米沢市上杉博物館にて開催された特別展「上杉家の名刀と三十五腰」が、今度は埼玉県立歴史と民俗の博物館にて11/3より始まります。今回は上杉家を研究する歴史家・乃至政彦が博物館にお邪魔して、特別展の見どころをお伺いしました。謙信の愛刀「姫鶴一文字」「五虎退」をはじめ、貴重な刀が見られる機会。行く前に読めば、さらに楽しめること確実です。

乃至政彦(ないし まさひこ)乃至政彦(ないし まさひこ)

埼玉県立歴史と民俗の博物館に到着!

埼玉県立歴史と民俗の博物館に到着!

via 写真:ユカリノ編集部
11月3日(金・祝)より開催される「上杉家の名刀と三十五腰」についてお話を伺いに、埼玉県立歴史と民俗の博物館にお邪魔しました!

博物館は、大宮駅より東武アーバンパークラインに乗って2駅め、大宮公園駅で下車。それから徒歩5分くらいのところにあります。取材日はあいにくの雨でしたが、博物館らしい近代さと、レンガ色の懐かしい外観が合わさった建物が、厳かに存在感を放っていました。

ちなみに、設計した前川國男氏は、ル・コルビュジエに学んだ建築家だそうです。
弥生時代復元住居が!

弥生時代復元住居が!

via 写真:ユカリノ編集部
その名の通り、こちらは埼玉県の歴史と民俗を紹介する博物館ですが、周辺では縄文時代と弥生時代の住居跡が発見されています。敷地内にある復元住居は、実際に弥生時代終わり頃(3世紀)の住居跡に建てられたそう。埼玉の深い歴史を感じずには入られません。

それではさっそく、今回の特別展を始め、当館の展覧会を担当する関口さんにお話を伺いましょう。

3館で連携展をやることになったきっかけは?

埼玉県立歴史と民族の博物館 学芸員 関口真規子さん

埼玉県立歴史と民族の博物館 学芸員 関口真規子さん

via 写真:ユカリノ編集部
乃至:関口さん、はじめまして。上杉謙信研究家の乃至政彦です。
今回は上杉ゆかりの特別展ということで、とても楽しみにしています。上杉家といえば、武勇の家風で、家祖である謙信と藩祖である景勝への尊崇も篤い。このためか質実あるいは華美な遺物を当時のまま残す意識が強く、良質のものがたくさん残されています。今回の展示は、刀剣ファンはもちろんながら、戦国時代や安土桃山時代の愛好家からも熱い視線を集めているのではないでしょうか。

関口:はい、とても多くの方に関心を持っていただいていて、まずスタートとなった米沢の展示がとても活況で、当館と佐野美術館での展示も大きな期待が寄せられています。

乃至:その3館での展示なんですが、どういう経緯から企画が固まったのかとても気になっています。まずはそこからお聞かせいただいていいですか。

関口:当館では、国宝「謙信景光」を所蔵しています。その展示を求めるお声が高いことから、上杉家のお膝元である米沢市上杉博物館さまと、豊富なコレクションのうちに上杉家ゆかりの刀剣も所蔵されている佐野美術館さまに、せっかくですから、上杉家の名刀でやってみませんかとお声がけさせていただいたのが始まりです。

乃至:貴館からお声がけされたのですね。素晴らしいご提案に上杉贔屓の身として厚くお礼申し上げます。たしか貴館では11年ほど前にも刀剣の特別展(平成18年「名刀の一千年」)をしておられたと思うのですが、そのときは「上杉家」という括りではなかったですよね?

関口:前回は特定の家や人物では括らなかったのですが、今回はあえて新しい試みとして謙信・景勝を中心にすべて上杉家ゆかりの名刀をテーマとして設けることにいたしました。

乃至:ひとつの大名家ゆかりの刀剣をテーマとするのは、これまでにありそうでなかった企画ではないですか?

関口:どなたもご存知のような著名なお武家さんはいっぱいありますが、〇〇家というカテゴリーで名刀を一堂に会する企画はなかなか出ませんでしたね。
 
乃至:当時の刀をきちんと保存している家はそれほど多くないように思います。

関口:ほかの大名家では江戸時代に将軍家のほうに献上することもままあったそうです。また古くからの形で刀剣を保存してきたことも珍しいそうです。

乃至:上杉家は謙信・景勝が築いた尚武の家としての意識が高い(※)ですから、かれらが生きた時代の遺品・武具を《生ぶ》(うぶ)のまま、手を加えることなく今に伝えていますね。

関口:これほど状態のいい遺物が残されているのは、上杉家の歴史を尊重する意識が高かったからかもしれません。

※米沢時代の上杉家が、家祖と藩祖をどれほど神聖視していたかを伝える事件があります。あるとき、謙信の遺骸が入った甕が、火災で焼失しかけた時、藩士が火中に飛び込んで、これを救い出したといいます。ときには自分の命を顧みず祖先を大切にする、上杉家らしいエピソードです。
重要文化財 白綸子紗綾形雲文胴服

重要文化財 白綸子紗綾形雲文胴服

上杉神社蔵
※前期展示

「今回展示される謙信の胴服も相当神経を使っていなければこれほど良質な状態での保存は不可能でしょう」(乃至政彦)
via 写真提供:埼玉県立歴史と民俗の博物館

謙信・景勝の生涯がわかる古文書や美術品も展示

乃至:ところで、米沢市上杉博物館と佐野美術館との違いとなるオリジナルの見どころがありましたら、教えてください。

関口:まず展示室の大きさが違うので、出品数が違いますね。巡回展ではなく連携展という言い方をしているように、核となるおおもとの展示は同じなんですが、その中で少しずつ展示が違っています。当館では刀剣ばかりでなく、時代の背景を見てもらうために、上杉謙信・景勝の生涯がわかる古文書や美術品も併せてご紹介しています。
上杉旱虎書状

上杉旱虎書状

新潟県立歴史博物館蔵
※前期展示

「今回展示される『上杉旱虎書状』は、当時「輝虎」を称していた謙信が、わざと字を変えて「旱虎(てるとら)」と署名した貴重な古文書」(乃至政彦)
via 写真提供:埼玉県立歴史と民俗の博物館

女性は刀剣にさわれなかった?

乃至:刀剣類は近年、女性からの人気も高くなってきました。女性の刀剣ファンは今までどこに隠れていたのだろうと思うぐらいです。こうした反響の変化はやはり実感されますか?

関口:佐野美術館の館長は渡邉先生という女性の方なのですが、刀剣の話をすると瞳がキラキラされるんですね。それほど刀剣への愛が深い先生ですが、50年と少し前、学芸員を始められた時は、「女性が刀剣に触ってはいけない」という考えもあったようです。
そして、上杉博物館の角屋さんも女性の学芸員なのですが、お話を伺うと、やはり30年近く前に学芸員になられた時も「女性が刀剣を触るなんて」と言われたことがあるとおっしゃられていました。

乃至:大元は実用の兵器、凶器ですから、女性に触らせたくないという気持ちはわかります。武士も事情があって女性を斬るときは、抵抗を覚えたようですし、殺傷の道具にはあまり関わらせたくなかったのでしょう。しかし時代の流れとともに美術品、歴史的遺物としての側面が強くなってきた。こうした変化はその転機を示すのかもしれませんね。

関口:今回はくしくも3人とも女性が担当させていただいたことに、時代の変わりようを感じます。振り返ってみますと、今回の展示でお世話になった各館の担当者の方々にも女性がいらっしゃいましたし、学芸員という職業自体に女性が増えたとも言えそうです。

乃至:男性は昔から兵器・武具の類が好きですが、女性は必ずしもそうではなかったのかなと思えます。

関口:過去には武具・甲冑となると、主な愛好者は男性が多かったかも知れませんが、一昨年、武具・甲冑の展示(特別展『戦国図鑑―Cool Basara Style―』)をさせていただいた時に、やはり年配の男性のかたが多いかたわら、意外にも女性の方もかなりいらしていただきました。女性人気の高い戦国ゲーム『戦国BASARA』とのコラボレーションがあったためというのもあるのでしょうが、それだけではない感心と造詣の深さを感じるほど、皆さん目が肥えていらっしゃいました。
私個人の印象ですが、男性は主に、武具・甲冑の機能や構造に注目され、女性の場合は「誰々様が使った〇〇」という来歴からバックグラウンドのドラマを中心に注目されているように感じられました。

ところで三十五腰って?

写真:ユカリノ編集部 (8909)

特別展の図録に身を乗り出す二人。
via 写真:ユカリノ編集部
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乃至政彦(ないし まさひこ)

乃至政彦(ないし まさひこ)

歴史家。単著に『上杉謙信の夢と野望』(ベストセラーズ、2017)、『戦国の陣形』(講談社現代新書、2016)、『戦国武将と男色』(洋泉社歴史新書y、2013)、歴史作家・伊東潤との共著に『関東戦国史と御館の乱』(洋泉社歴史新書y、2011)。監修に『戦国の地政学』(実業之日本社、2017)、『別冊歴史REAL 図解!戦国の陣形』(洋泉社、2016)。テレビ出演『歴史秘話ヒストリア』『英雄たちの選択』『諸説あり!』など。 公式

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