『伴大納言絵詞』で知られる平安時代の政権争い「応天門の変」の真相
2018年3月10日 更新

『伴大納言絵詞』で知られる平安時代の政権争い「応天門の変」の真相

平安時代初期に起きた、宮廷を揺るがす大事件「応天門の変」。事件を題材にして描かれた国宝の絵巻『伴大納言絵詞』のほうを知っている方も多いと思います。藤原氏が古代より続く名族を排除し、摂関政治への道を切り開くきっかけともなった事件の真相とは?

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応天門の真犯人はだれ?

『伴大納言絵詞』(部分)。 涙にくれる左大臣・源家の人...

『伴大納言絵詞』(部分)。 涙にくれる左大臣・源家の人々。左奥にいるのは源信の夫人と子とみられます。

では、「応天門の変」の真犯人が誰かというと、当時の政局の動きから察すると、やはり藤原良房と考えるのが一般的です。

何しろ最初に犯人とされながら、九死に一生を得た源信は、その後ショックから自邸に引き籠るようになり、失意のなか、事件から2年後の貞観10年(868)に落馬が原因で死去。放火の犯人とされた伴善男も、同じ年に流刑先の伊豆にて死去しています。
『伴大納言絵詞』(部分)。連行される大納言・伴善男を乗...

『伴大納言絵詞』(部分)。連行される大納言・伴善男を乗せた八葉車。車から衣服の一部が見えます。

応天門の炎上という出来事をたくみに利用し、政敵を一掃した藤原良房が真犯人という認識は、事件から300年後の12世紀に生きた人々にも共通していたようです。『伴大納言絵巻』の最後にある、伴善男に対して送られた意味深な詞書「いかにくやしかりけん(さぞ悔しかっただろう)」からも、それをうかがい知ることができます。

その後の応天門は?

平安神宮の応天門

平安神宮の応天門

応天門はその後もたびたび炎上し、治承元年(1177)の大火で失われて以降、再建されていません。現在の住所でいうと、京都市上京区千本通竹屋町下ル周辺にあたるその跡地には、寛文3年(1663)、豊臣秀吉により創建された出世稲荷神社が聚楽第より移され、平成24年(2012)に移転するまで鎮座していました。

現在は京都市左京区にある平安神宮に、平安京にあった応天門が8分の5スケールで復元されています。京都旅行の際はぜひ訪れて、当時の喧騒を思い描いてみてはいかがでしょうか。

(スノハラケンジ)
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